「では、これにて私からの案内は以上です。皆さんはこの後自由時間かと思いますので、ぜひ楽しんでいってください」
「よぉし。改めて案内を担当してくれた鈴木さんに、みんなで拍手!」
パチパチパチパチッ。クラスの生徒全員と桜木先生、そしてカメラマンの人を含めた総勢三十二人の拍手が一つの大きな音となり、天井の高い市場の端で反響する。
校外学習の″学習″の部分である市場見学。遠足の延長線上気分な俺たちにとっては一見、自由時間前の面倒な憂鬱時間にもなり得たのだが……。これが思いの外、悪くなかった。
特に凄かったのはマグロの解体ショーと競りだ。解体ショーは名前の通りで、巨大なマグロをまな板の上に置いて捌いていく過程を見せてもらえた。正直かなりグロくもあったが、やはり貴重な体験でつい見入ってしまって。競りも同様で、実際にオークション形式で魚を競り合う業者の人たちの剣幕には思わず震えてしまった。
そうして、その他にも色々なものを見せてもらって。一時間ほどかけてぐるりと漁港を一周し、今に至る。
「案外あっという間だった。もっとつまんないと思ってたのに」
「な。普通に楽しかったわ」
さて、と。それはそれとして。
バス移動、昼ごはんのバーベキュー、そして市場見学。既に三つも楽しいイベントを消化したわけだが。
この校外学習の本番はここから。ようやくーーーー
「んじゃここから自由時間な。集合時間と場所はさっき説明した通り。散れっ!!」
「「「「\\\\٩( 'ω' )و ////」」」」
お、おぉ。すっご。
先生の言葉が全員の耳に届いた瞬間。その場にいたクラスメイトのうち半分以上が、あっという間に視界から消えていく。
そして桜木先生もまた、ニヤリと何かを企む表情を見せながら市場の中に消えていった。まさかとは思うがあの人、これから競りに参加しに行くんじゃないだろうな。帰りのバスの中に生魚を持ち込むのは遠慮いただきたいもんだが……。
まあ、うん。何はともあれ、待ちに待った自由時間だ。俺たちもすぐに動かないとな。
「私たちも行こ、しゅー君。いざデート!」
「行き先は決まってるのか?」
「ん。行きたいところはもう調べてある!」
「流石です」
今日に向け、実は俺もある程度この周辺の自由時間で行けそうな有名店やら何やらは調べておいたんだけどな。どうやら出番は無さそうだ。
流石は三葉さん。前の遠出デートの時同様、下調べはバッチリらしい。恐らくコイツの中でプラン的なものも組まれているだろうし、大人しくついて行くとしよう。
「ふふっ。他の人がいっぱい集まってこないうちに……攻めるッ!!」
今俺たちがいる三つ目島漁港周辺では、この市場や港から扇状に様々な風景が広がっている。
わずか数時間の短い自由時間の中で行ける範囲に絞っていくと、その中で注目したいのはやはり″あそこ″か。
ぐっ、と俺の手を強く恋人繋ぎで握る三葉の「早く行こう」オーラに当てられて。早歩き気味にその場を離れる。
市場を抜け、だだっ広い駐車場のその先。他の奴らも真っ先に足を踏み入れたそこは、この漁港と共に有名な観光地。
「おぉ……っ!」
その名をーーーー三つ目島通りである。
見渡す限り広がるのは、お土産屋さんや屋台に飲食店。少し登り坂になっている地形でありながらも、一番下にいる俺たちから全くその全貌が掴めないほどに広く、大きな通りだ。
「凄い人だな。今日は平日だってのに観光客の人でいっぱいだ」
「ぐぬぬ……。流石にもう少し空いてると思ってたのに」
しかしそんな大きく広い通りでありながらも、流石は有名観光地。俺たちや他のクラスの奴らが混ざるまでもなく、既に通りは人でごった返している。
見るといるのは日本人だけではなく、大荷物の外国人も。それだけこの漁港が有名だということなのだろうか。
調べている時から薄らそんな感じはしたが……それでもまさかここまでとは。三葉もこの反応を見る限り想定外だったみたいだな。
「まあでも、ここで立ち止まってても仕方ないな。行きたいところ全部は無理かもだけど、できるだけ行ってみるか」
「勿論。最悪私なら人混みに風穴を開けられる。それでなんとか時短して……」
「おい。やめろよ? 絶対やめろよ?」
「……振り?」
「んなわけないだろ!!」
某お風呂芸じゃないんだわ。人混みに風穴て……それ絶対何人か怪我どころじゃ済まないやつ出てくるだろ。そんなことさせてたまるかっての。
ただ、そこまでしてでも俺と一件でも多くお店を巡りたいと余ってくれるその気持ちは正直少し嬉しかったりもする。いやだからって風穴は流石に許容できないけども。
「はぁ。とりあえずどこから行く? 校外学習組も基本的に考えることは同じだろうし、これから更に混みそうなところは早めに行っときたいよな」
「ん。なら一軒目はあそこで決まり。美味しい海鮮丼のお店」
「それってもしかして……ここか?」
「……流石しゅー君。お目が高い」
「やっぱりか」
素早く店名を打ち込んで経路が表示されたマップを見せると、三葉はそう言ってコクリと頷く。
どうやら俺の下準備も無駄ではなかったらしい。ここは俺も昨日調べた中で一番行きたいと思っていた所だ。
「そうと決まったら」
「ああ。ちょっと急ぐかな」
本当はゆっくりと通りを進み、のんびりなデートにしたかったのだが。
どうやらーーーーそうも言っていられないようだ。