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第58話 君がいるから

 そうして。若干一名絶望のどん底に落ちた奴はいたものの、楽しいバーベキューは終わって。


 満腹になったお腹をさすりながら……俺たちは紙コップのお茶をすすり、ほっとひと息ついていたのだが。


「はいはい。食べ終わったからお前らもとっとと片付けろー。ってうわ、なんだコイツ。真っ白に燃え尽きてやんの。食べ過ぎか?」


「ふんっ。そんな年上好きチャラ男なんてほっといていいですよ先生」


「お、おぉ? えっと……なんかあったのか?」


「気にしないでください。多分そのうち治りますから」


 どうやら俺たち同様しっかりとバーベキューを楽しんだらしい桜木先生はおじさんのように爪楊枝を咥えながら、順番に各班を回っているようだった。


 周りを見てみると、確かにどの班も徐々に片付けを始めている。


 確かにタイムスケジュールを聞いた感じ、あまり時間に余裕は無さそうだったもんな。


 あれどおりなら、次は……


「まあなんでもいいけどな。十分後には全員集めて漁港見学始めっから。それまでにはちゃんと間に合わせろよー」


 そうだそうだ。ここからは漁港やら内蔵されている市場やらを現地の人の説明を聞きながら巡るんだっけか。


 まあ食後の運動にはちょうどいいかな。このままじっとしていたら寝てしまいそうだし。


「はぁ……。雨宮は使い物にならないし、とりあえず三人でちゃっちゃと片付けちゃう?」


「あー、ごめん中山さん。三人じゃなくて二人だわ」


「え? ……あっ、ほんとだ」


「すぅ……すぅ……っ」


 真っ白に燃え尽きて使えなくなった雨宮の他に、もう一人。


 ついさっきまでは元気だったはずの彼女さんは、俺の肩に寄りかかりながら。小さな寝息を立てていたのだった。


「ふふっ、いっぱい食べてたもんね。眠くもなっちゃうかぁ〜」


「ほんとごめんな。コイツの分も俺が動くよ」


「うんうん。気にしないで? というかその感じだと市川君が動いちゃったら三葉ちゃん起きちゃいそうだし、私一人でやっとくよ〜」


「えっ!? い、いや。流石に悪いって……」


 中山さんの言う通り、確かにこの状態では動けないし、俺が立ち上がれば必然的に三葉を起こしてしまいかねないけども。


 とはいえいくらなんでも片付けを全部中山さんに押し付けるのは違うだろう。というか、どうせあと十分でここを動かなくちゃいけないんだ。いっそのこと三葉を起こしてーーーー


「んむにゃぅ。えへへ、しゅー君……好きぃ♡」


「〜〜っ!?」


「あはは、どんな夢見てるのかなぁ。こんなに幸せそうにしてたら起こせないよ」


「で、でも」


「だ〜いじょうぶ! 全然一人でできる量だから!」


「……分かったよ。お言葉に甘えさせてもらうわ」


「は〜い!」


 仕方ない、か。


 きっと中山さんはそんなこと考えていないだろうが、俺の中で貸しを一つ作られたと覚えておこう。何か中山さんが困っている時、恩返ししないとな。


 まあとはいえ、どうせこの人には三葉と友達になってくれたという十分すぎる恩がある。だからどの道、俺にできることなら無条件で助けるんだけどな。


「はぁ。ったく、気持ちよさそうに寝やがって」


 俺の肩に小さな頭を乗せ、むぎゅうっ、と腕に巻きつきながら。幸せそうな顔で眠る三葉に、呟く。


 実はくっついていたいから寝ているフリをしているだけなんじゃないか、とも思ったんだがな。どうやら違うらしい。


 二人きりの時ならともかく……まさか外でこんなに無防備な格好を晒す三葉が見れるなんて。思いもしなかった。


 それもこれも、やはり中山さんと雨宮のおかげなのだろうか。


 三葉を取り巻く環境は、常にと言っていいほど悪いことばかりだった。


 原因は色々あるだろう。百パーセント相手が悪いとも言い切れない。子供特有の固定観念とか、三葉自身の俺以外の同年代への察しづらい感情とか。きっとそういうのが色々重なって、あの嫌な空気が出来上がっていたのだと思う。


 けど、今は違う。


 悪い意味で噛み合ってしまっていた歯車は、今では良い意味でガッチリと嵌っていて。それはまだ小さな繋がりだけれど、確かに。三葉に″安心″を与えている。


(感謝しても、しきれないな……)


 そしてきっとその一番の要因こそが、中山さんだったのだろう。


「麗美ちゃんせんせ……うぅ……っ」


 雨宮も……うん。こんなだが、特に俺以外の男子相手に強い苦手意識を持っていた三葉が、気付けば難なく喋られるようになっていた唯一の相手だ。一応、感謝はしておかないとな。


「お待たせ〜、全部終わったよ〜! って、三葉ちゃんはまだおねむ?」


「ありがとう、中山さん。ああ。これっぽっちも起きる気配無いよ。ぐっすり寝てる」


「そっかぁ。やっぱり安心するのかな?」


「? 安心?」


 全ての片付けを終えたらしく、五分ほどであっという間に戻ってきた中山さんは、そう言って。ニヤニヤとした顔で頬杖をつきながら俺の顔を見つめる。


「君だよ。三葉ちゃんの大好きな彼氏君が隣にいるから、そんなに幸せそうに熟睡してるんじゃない?」


「……へっ!?」


 だ、大好きな彼氏君……。俺が、いるから……?


「えへへ。すぐ顔真っ赤っかになるの、一緒だね。似たものカップルさんだ〜♡」


「に、似たものカップル!? いや、俺と三葉は全然ーーーーッ!!」


「似たもの、夫婦……♡」


「三葉!? ちょ、起きてんのか!?」


「起きてない……むにゃ」


「おまっ……お前ぇっ!!」


 くそっ、なんでこんな展開に。




 なんか、めちゃくちゃ辱められた気がする……。

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