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第57話 頼りになる彼氏さん

「はむっ。はもももっ!!」


「美味いか?」


「・:*+.\(( °ω° ))/.:+」


「ならよかった」


 完全に食べる係になっている三葉と中山さんの代わりに、焼けた肉をひっくり返しながら。お茶を飲むことすら忘れていそうなその小さい口に紙コップを近づけ、飲ませる。


 いつものことではあるのだが、やはりいい食いっぷりだ。バーベキュー串を一口齧ったかと思ったら次の瞬間には具が丸ごと一つ口の中に詰め込まれ、消えていく。


 一口一口は小さいのに、膨らむ頬と噛むスピードでそれを補っている姿はまるでーーーー


「三葉ちゃんの食べてるところ、なんかリスみたいで可愛いっ♡」


「っ!? う、うるさい……」


 ……先に言われた。


 まあでも、うん。そういうことだ。とはいえうちのリスさんは並の肉食動物以上の量食べるけどな。


 そして言わずもがな。スポーツマンだということもあり、中山さんも女子とは思えないくらい良い食べっぷりだ。


 二人とも、こんなに細いというのに。一体食べたものはどこに消えているのやら。もはや人体の不思議を超えた何かだな、これは。


「駿も焼いてばっかじゃなくてちゃんと食えよ? 男にしちゃお前も充分細いんだからな?」


「え? そ、そうか?」


「確かに。その身軽さなら陸上部でもーーーー」


「じろっ」


「ひぃん……」


 細い、か。自分じゃ考えたこともなかった。


 ただ、人より筋肉が無いという自覚はある。身長も平均だし、雨宮の言う通りもう少し食べたほうがいいのだろうか。


(細すぎて頼りないって思われるのは、嫌だしな……)


 分かっている。俺が少し鍛えたりしたところで、三葉のように化け物じみた身体能力は手に入らない。そういう意味で頼られることも難しいだろう。


 ただ、それでも気になってしまうのはやはり、男の性というやつか。


 好きな女の子の前では格好をつけたい。頼りにされたい。そう思う感情はきっと、俺に限らず男子として生まれた奴には全員、遺伝子レベルで刻み込まれているものだ。


「身体が細いとか、関係無い」


「……え?」


 だが、そんな悩みの種がわずかに芽吹いた瞬間、まるでそれを切り取るかのように。三葉は横目で俺を見て、言う。


「しゅー君はしゅー君。細くても太くても、小さくても大きくても。頼りになる彼氏さん」


「〜〜っ!?」


「キャ〜ッ! 甘々純情だぁ〜っ!!」


「く、口の中が。甘い……」


 たぱぁっ、と砂糖を吐きながら目をハートにする中山さんと、口の中の異物感に顔を青くする雨宮に囲まれながら。みるみるうちに……顔の熱が上がっていく。


 頼りになる彼氏さん、か。三葉は変なお世辞を言うような奴じゃない。きっと本当にそう思ってくれているのだろう。


 まあその、なんだ。悪い気はしない。どころか、めちゃくちゃ嬉しいな。へへ……。


「くそっ、相変わらず甘々なの見せつけやがって。俺も麗美ちゃんせんせがこの場にいたらーーーーッッ」


「あはは。この場どころか、この校外学習にも来てないのにね」


「……え?」


 けろっとした様子で笑いながら言う中山さんに、突然。雨宮が固まる。


「ちょっと待て。中山お前、今なんて言った?」


「え? いやだから、若月先生は来てないのにねって」


「来て、ない……?」


「うん。だってあの人普通に多学年の担任だし」


「…………」


 ま、マジか。


 あの人、新人教師って聞いてたけどな。もしかして先生なりたてってことじゃなく、他学校からの赴任が今年だったって話か?


 だとしたら多学年の担任くらいしててもまあ不思議じゃないんだろうか。とにかくその、なんだ。


「ドンマイ、雨宮」


「どんとまいんど」


「し、知らなかったんだ。あはは……」


「海鮮、デート……麗美ちゃんせんせ、と……」


 パリンッ、と。雨宮の心に大きなヒビが入る音が聞こえたような。そんな気がした。


 なんかコイツ、今日は本当散々だな。自業自得とはいえ三葉に自撮り棒を破壊され、そのうえめちゃくちゃ楽しみにしていたであろう若月先生との海鮮丼デート(そもそもあの人がこの校外学習に来ていたところで、本当に実現するのかはかなり怪しいところではあるが)も無くなってしまうとは。


「安心して、雨宮」


「……なんだよ、佐渡さん。励ましてくれるのか?」


 そして、そんなズタボロの雨宮に何を告げる気なのか。三葉はそう言うと、俺の身体を引き寄せる。


「雨宮の分も、私たちは目一杯デートを楽しむから。ね、しゅー君」


「おま……鬼畜かよ」


「え?」


「…………」


 コイツ、まさかトドメを刺しにいくなんて。


 ほら見ろ。ただでさえ萎れてた雨宮がみるみるうちに枯れていくぞ。


 なんかこう、本人に刺した自覚が無さそうなのが本当にエグいな。流石にちょっと雨宮に同情してしまいそうだ。


「もういい。お家、帰る」


「わあぁっ!? あ、雨宮ヤバい顔してるって! 元気出してよぉ!!」


「はは。もう俺はここまでだ」


「そんなこと言わずにさぁ! ほら、なんなら自由時間私が付き合ってあげるから! ね? その怖い顔やめて楽しもうよ!!」


 おい、目を逸らすな三葉。


 見てみろあれ。ああいうのが励ますってことなんだぞ。まあ二人きりのデートを楽しみにしてたお前が同じことを言えないのは分かっているけども。


 そしてやはり、中山さんは良い人なんだなと改めて思わされる。自分が真実に気づかせてしまったという罪悪感からかもしれないが、この校外学習の中で一番の楽しみと言っていいほどの自由時間を捧げてまで励まそうとするとは。あの人なら友達と回ったりする予定も組んでいそうなものなのに。


「中山、と?」


「そうだよ! 若月先生がいないのはどうしようもないけどさ。私も海鮮丼は食べたかったし、一緒に食べに行くくらいはしてあげられるよ? い、一応……ほら。私も女の子だし? デートっぽい気持ちも……」


 かあぁ、とみるみるうちに顔を赤くしながら。中山さんはチラッ、チラッ、と少し恥ずかしそうに、まるでラブコメのヒロインばりの台詞を告げる。


 なんだこれ。クラスの非モテ男子連中がされたら卒倒しそうだな。


 こんなことを言ったら三葉にどんな目を向けられるか怖いから口にはできないが、中山さんは立派に美少女だ。そんな彼女からこんなことを言われたら、普通は……


「中山、かぁ……」


「はぁっ!? ちょっ、せっかく気を遣って言ったのに! 何そのため息!? 乙女の心を傷つけたよッッ!!」


 あ、いや。うん。そうだった。





 雨宮は……普通じゃなかったな。



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