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第65話 攻め時

「触っ!?」


 さ、触る……って。


 つまりそういうことか? 俺があのえっちなお腹を……な、なでなでしたり、さわさわしたり。そういうことをしてもいいってことなのか?


 い、いや落ち着け。んなことしていい訳ないだろ。半個室とはいえここは外なんだぞ? いつ店員さんや他のお客さんにバレるか分からない。そもそも現状の絵面だって見られたら充分ヤバいってのに。触ってるところなんて見られたらいよいよ終わりだ。


「だってしゅー君、見たことないくらいドキドキしてくれてるんだもん。いいよ? 彼氏さんになら」


「っ、ぁ……!!」


 理性が、音を立てて崩れようとしている。


 三葉にこうやって迫られたのは何も初めてのことじゃない。その豊満なものを使い、「彼氏さんなら」とアピールしてくることもしばしば。


 その時も当然ドキドキさせられた。俺だって男子高校生だからな。ちゃんとした恋人関係になってからじゃないと、なんて頭では理解していても、やはり心はざわつくものだ。


 しかし今回はその時以上。少しでも油断すれば簡単に手が伸びてしまいそうなほどに動悸が止まらず、理性の糸にはゆっくりと刃が押し当てられて少しずつ切れ目が生じている。


 もしかして俺はーーーー本当にお腹フェチ、なのか?


 いいや違う。絶対そんな訳ない。あれだ、誘惑されるシチュエーションでの肌面積の問題だきっと。


 三葉は胸元で誘惑しようとする時、押し当てたり手で持ち上げて存在感のアピールしたりこそすれ、”物”を見せることはしていない。当然、服の下で最後の防御壁としてそれを守る下着もだ。


 だが今回は違う。見せることへの難易度の低さからか、お腹に関してはモロに素肌が露出された。きっとそれが原因に決まっている。


 目線を釘付けにされながら、自分の中で必死に「自分はお腹フェチではない」と言い聞かせて。しかし……現状は何も変わらない。


 何故なら、俺が仮にお腹フェチではないとしっかり自分の中で結論づけられたとして、目の前に触ることのできる魅力的なお腹が露出さはていることに変わりはないからである。


 つまり、そもそもこの誘惑をしっかりと振り払うことができなければ……


「それに、見ただけじゃちゃんと引き締まってるって分からないかもしれない。触って、感触まで確かめないと」


「……しまってくれ。頼む」


「えへへ、絶対嫌。ここは攻め時」


 駄目だ。振り払えない。


 三葉もそれを分かっているのだろう。だから引かない。俺を釘付けにするお腹を出し続け、誘惑を繰り返す。


 きっとその顔には小悪魔さんが宿っているんだろうな。目を逸らしてはお腹に引き寄せられ、また逸らしての繰り返しがせいぜいな俺には、それを確認することはできないけれど。


 長い付き合いだ。声色で分かる。


 三葉の小悪魔さんーーーーいや、捕食者モードは、既にオンになってしまったと。


 そしてそんな捕食者さんは、必死に目を背ける俺の耳元に近づいて。囁くように……言う。


「しゅー君は私のお腹……やっぱりえっちだって。そう思ってるの?」


「っ!? い、いや! そんなことは……」


「なら、触ることに何の問題も無いはず。手を繋いだり、頭を撫でたりするのと一緒。好きなだけ触っていい。まあ元々、私の身体は全部彼氏さんのものだから。どこでも触り放題だけど♡」


「っう……!!」


 駄目だ。やっぱり詰んでいる。


 だって触らなければ俺は本当に三葉のお腹をえっちだと思っていると認めることになってしまうし、触ると間違いなく理性のタガが飛ぶ。


 結末は二つに一つだ。三葉にとっては俺への新しいアピールポイント兼弄りポイントを手に入れるか、触ってもらえるか。どちらを取っても”勝ち”に他ならない。


 どうする。どっちも選ばないなんてことはできない。


 ならもういっそのこと、触ってしまうか? 俺がお腹フェチなのか……その答えは俺の中でもはっきりとしていない。しかし思い切って触ってしまえば、何か分かるかもしれない。


「触って、しゅー君♡」


「……」


 そうやって、お腹を触ることへの口実を考えてしまっている時点でーーーー負けていた。


 ごくっ、と唾を飲み込んで。手を伸ばす。


 三葉が微笑む声が聞こえた。が、もう止まれはしない。


「んっ……」


 ぴとっ。人差し指の先端が、腹筋に触れる。


 感触としては……そうだな。どこか不思議な感じだった。


 意識して三葉が力を入れたのだろうか。それとも平常時からこうなのだろうか。触り心地としては、硬い。


 しかし硬いだけではない。こう、なんて言ったらいいんだろうな。硬いけど柔らかい、というか。いや、その二つが決して両立しないことは分かっているんだけども。


「もっと、いいよ? なでなでして」


「お、おう」


 上手く言語化できないその感触をもっと追い求めて。次は一本の指先だけではなく、ご飯の指の腹で触れる。


 肌がすべすべなのは言わずもがな。そこには努力の証である筋肉と、そして僅かな柔らかさ。加えてーーーー暖かさがあった。


(ああ、これ。駄目なやつだ)


 すぐに理解させられた。これは、間違いなく病みつきになってしまうやつだと。


 今すぐ撫で回したい。なぞったりさわさわしたり、とにかく触りまくってこの感触をもっともっと堪能したい。そんな想いが、溢れ出てくる。


 クソッ、こうなると事前に分かっていたはずなのに。


 一度触って、体感して。みるみるうちに虜にされた。


 これは俺がお腹フェチだからなのか、それとも三葉のお腹が素晴らし過ぎるからなのか。はたまた、相手が三葉だからなのか。それはまだ、分からない。


 でも、”まだ”分からないだけだ。触り続ければ……やっぱり分かる気がする。


「なあ、三葉」


「なぁに? かっこいい目つきの彼氏さん♡」


「お腹、もっとーーーー」


 そして。ギリギリで俺の心を支えていた理性という一本の糸が、ブチブチと音を立てて。解け、残り僅かとなったその瞬間のことだった。


「失礼します。お客様、よろしければお茶を……へっ!?」


 カシャァァァァンッ!!


 それは、お茶の入ったピッチャーが店員さんの手から滑り落ち、落下する音。



 俺を現実へと引き戻すーーーー豪快な音だった。


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