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第66話 その頃二人は

「アイツ……おっそいなぁ」


 時は、市場見学が終わって五分後。


 私ーーーーこと中山澪は、返信の無いメッセージアプリに既読すら付かないことにため息を吐きながら。お手洗いの前で立ち尽くしていた。


「……ん?」


「あぁーっ! やっと出てきた! ったく、もう市場見学終わったよ!?」


「え? あぁ、ならもう自由時間か」


「そうだよ! わざわざみんなからのお誘いを断ってまで待っててあげたんだから、お礼くらい言ったら?」


「……すまん。まさか待ってるなんて思ってなくて」


 謝罪じゃなくて、お礼でよかったんだけどなぁ。


 お手洗いから出てきた雨宮はやっぱり、まだ元気が無い様子だった。


 きっといつもなら今のも、「なんで待ってんだ? 馬鹿じゃねえの?」とか言ってくるところなのに。素直に謝るくらい大人しくなっちゃって。


 なんというかこう……張り合いが無い。


 けど、だからこそ。待っていてよかった。


「じゃあ早速だけど、行こ?」


「え? どこにだ?」


「もぉ、忘れたの? 約束したじゃん! 若月先生の代わりに、私が海鮮丼! 付き合ってあげるって!!」


 私がそう言うと、雨宮はぽかんとした表情を浮かべていた。


 まあ無理もないのかもしれない。あんなのただの口約束だし。きっと雨宮なんて放っておいて、友達と自由時間を過ごすのが普通なのだろう。


 けど、私にはそんなこと……できなかった。


 余計なお世話だって分かってる。雨宮の凹んでいる理由だって、きっと他の人からすれば馬鹿みたいだと笑われて仕方のないことだし。私がここまでする必要なんてない。


 分かってるんだけど……。


「なんで、だよ。中山なら他の奴と約束とか、してたんじゃないのか?」


「してたよ! けどほら……雨宮が放っておけないくらい、落ち込んでるから」


 きっとみんなと一緒に海鮮丼を食べて、色んなところを回って。そんな自由時間もめちゃくちゃ楽しいものになったと思う。


 けどきっと、それだと”モヤ”が残ってしまう。


 私はもう、雨宮が落ち込んでいることを知ってしまっているから。多分何かをするたびにそのことが気がかりになって、百パーセント楽しむことはできない。


「ほら、いいから行こ! 雨宮がお手洗い行ってる間に海鮮丼のいい店調べたから!」


「……本当にいいのか? 二人でいたら、変な噂とかも立てられるかもしんないぞ」


「へっ!? いやそれは……よくはない、けど」


 変な噂、か。


 確かに、少なくとも私ならクラスの男女が二人きりで校外学習の自由時間に一緒にいたら、きっと思ってしまう。


ーーーーあの二人は付き合っているんだ、と。


「なあ。やっぱり今からでも、お前は友達と……」


「……いや、やっぱり雨宮と行く。意地でも行く!」


「い、意地でも?」


「そう! 意地でも!!」


 一瞬。ほんの一瞬だけ、今から友達を追いかけることを考えてしまった。


 そんな情けない私の両頬に、気合を入れるようにビンタして。なよなよして情けない雨宮の手を掴む。


 私は約束した。それが口約束だったとしても、やっぱり約束は約束だ。


 正直言えば勢いでそうなってしまった部分も少なからずある。変な噂を立てられるのも面倒だし、そういう意味ではやっぱり友達を追いかけたい気持ちがゼロだとは胸を張って言えない。


 だけど……やっばり雨宮を置いていくなんて、駄目だ。


 だってもし、私がこの場からいなくなってしまったら。雨宮は、一人になってしまうから。


「どちみち今から合流とか気まずいしね。雨宮だって、何時間もある自由時間を一人で過ごすなんて嫌でしょ?」


「そ、それは。まあ」


「ならやっぱり一緒にいよう? せっかくの校外学習なんだからさ!」


 私の言葉に、少し。ほんの少しだけ、雨宮の表情が和らぐのを感じた。


 一人の方が楽しいなんて奴、結局はいないんだ。特に今の雨宮みたいに落ち込んでるなら、尚更。


 私じゃ若月先生の代わりにはなれない。まわりにどれだけ揶揄われても、雨宮がちゃんと本気で好きになっているあの人の代わりには。


 でも、せめて。私みたいな美少女が隣にいたら……少しは、元気を出してくれるかな。


「中山」


「? 何?」


 そんな、一抹の不安と共に。それでもしっかりと握った手を離さない私の目を、じぃっと見つめて。言う。


「ありがとな」


「っっ!?」


 あれ、コイツ。……こんな顔、するんだ。


 いつもは憎たらしい顔とかちょけた顔ばかり見てるから、なんというかこういう……哀愁? みたいなのが漂った大人しい表情は少し新鮮というか。


 僅かに、心臓が跳ねる。そしてそれともに、背筋にむず痒い感触が走るのを感じた。


「ところで、こんなこと言うのもあれだけどさ」


「ど、どうしたの?」


 まあ、うん。何はともあれよかった。少しは元気出たみたい。


 ほら。見てこの表情。いつもの憎たらしい表情が浮かん……で?


「お前、店の検索とかできたんだな。機械音痴のくせに」


「……は?」


「その店、ちゃんと実在してるんだろうな? ほら、名前言ってみ。俺が調べ直してやるから」


「は、はぁっ!? 検索くらいできますけど!?」


「本当かぁ?」


「っう……馬鹿にしてっ!!」


 雨宮に元気が宿り、嬉しい反面。



 もう少し、さっきのままでいてほしかったと。そう、強く思った。

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