「お待たせしました〜。こちら、メロンソーダとパンケーキになります!」
「おおっ、すっげ。くまさん書いてあるじゃん。これ月美が?」
「あはは、違うよお。あっ、でもお望みとあらばよっぽど難しいものじゃない限り大体書けるよ? なんか書こっか?」
「待て待て待て。なんでシロップじゃなくてケチャップでいこうとしてんだよ。◯す気か?」
「おっけ〜、◯すって書けばいいのね。任せて!」
「ちょおっ!?」
おっ、ちょうど今一番近くで接客してるのは……月美さんか。
相手しているお客さんはどうやら知り合いらしい。親しいからかかなりファンキーな接客になっているな。
おっと、そうだ。そういえばまだ俺たち一年三組のメイド喫茶で提供されるメニューについて説明していなかった。
うちのメニュー表は、以下の通り。
《ドリンク》各二百円
•アップル
•オレンジ
•パイナップル
•マンゴー
•ブルーハワイソーダ
•メロンソーダ
•レモンソーダ
•炭酸水
•烏龍茶
《フード》各六百円
•オムライス
•唐揚げ丼
•焼き鳥丼
•焼きおにぎり(三個入)
•たこ焼き(十個入り)
•フルーツパンケーキ
•フルーツワッフル
《お得なセット》七百円
•ドリンク一杯+フード一品
正直な話、原価率はかなり低い。だからもう少し値段を下げることも可能なのだが。
まあなんと言っても、喫茶店というのは普通にフードを販売するのとは違ってどうしても回転率が落ちてしまうからな。売り上げ一位の目標を達成するためにも少しだけ高めに料金を設定している。
とはいえ、まあこの盛況ぶりを見れば分かる通り。値段面に関してお客さんから不満は無かったということだろう。いや、むしろ安いとすら思われているのかもしれない。
なにせーーーーうちでは、ただ料理を食べることを楽しめるだけではなく。満足度と幸福度を底上げしてくれる、そんなメイドさんの接客も受けることができるのだから。
「へえ〜。君、中学生なんだ?」
「は、はい。その……来年、ここを受験しようと思ってて……」
「なるほどねえ。つまりは未来の後輩君ってわけだ。じゃあお姉さんとして、いっぱいサービスしてあげなきゃね」
「へっ!? あ、あぅっ」
「あ〜、有紗が可愛いご主人様捕まえてる〜。ずる〜い」
「あうあうあうっ……」
って、夏目さん? 冬木さん? なんかとんでもない接客してませんか??
あれはまさかおねショt……く、クオリティ高えなオイ。
中学生の男の子を二人のギャルが囲んでるって絵面だけでもその破壊力はとんでもないのに。それをしているのが気の強い金髪ギャルと不思議オーラを纏った黒髪ギャルだなんて。もうあの画をそのまま切り取って″そういう本″の表紙にできてしまえるのではないだろうか。
「ふふっ、顔真っ赤〜。綺麗なメイドお姉さんに囲まれて照れちゃった?」
「て、照れてなんて! ない、でしゅ……」
「照れてるじゃぁ〜ん。素直になれないお年頃なんだねぇ」
こ、これは、男子としては目を離せなーーーーじゃないッ!!
違うだろ。た、たしかに魅力的だけども。ぶっちゃけまだまだ見ていたいけども!!
俺は、彼女さんが心配で。彼女さんがちゃんと接客しているかを確認するために、こうして仕事の合間を縫ってこっそり覗いているのだ。だから……
男としての″性″に呑まれそうになりながらも、必死にそれを振り払って。愛しの彼女さんを探す。
(三葉は……あっ、いた!!)
すると、ものの数秒もかからないうちに。俺の視界に、その後ろ姿がロックオンされた。
華奢な背中が向かう先は八番席。男子四人組が鎮座している、俺たち裏方からは最も遠い席だ。
「お待たせしました。オムライス四つとアップルジュース二つ、メロンソーダ二つです」
ううん、遠すぎて何も聞こえない。
ただでさえ店内はガヤガヤしてて騒がしいからな。そのうえでこれだけ距離があれば当然か。
まあでも、少なくともお客さんの反応を見ていればちゃんとした接客ができているのかは分かるはず。とりあえずはもう少し様子を伺ってみるか。
「うお、可愛い……」
「たしか佐渡さん、だよね。ケチャップかかってないけど、これってあれ? メイド喫茶お約束のやつ?」
「ん、希望に沿う」
「マジかよ!?」
「こんなに可愛いメイドさんにそんなことまでしてもらえんの!? マジ並んで正解だったな!!」
お、おお。なんか喜んでる?
まあ三葉はあの見た目だからな。目の前にメイド衣装で現れただけでも男ならあれくらいのテンションになってもおかしくないが。
そして、そんなハイテンションのまま。男たちは、三葉と会話を続けていく。
だが、まもなくして。ーーーーその表情は変化していくこととなる。
「じゃあせっかくだからハートでも書いてもらおっかな! メイドさんらしく可愛いの頼むぜ!」
「あ、ハートは無理。私のハートはもうこれまでもこれからも心に決めたたった一人にしかあげないって決めてるから。他のにして」
「んなっ!?」
「な、なら俺らの名前とか!!」
「なんかそれも抵抗ある。却下」
「ぐぬっ……な、何なら書いてもらえるんだよぉ……っ!!」
ま、まずい。さっきまでと一転して、なんか揉めてるような。
配膳が終わったのだから、あとはケチャップでお客さんの希望する文字やら絵やらでデコレーションすれば接客は完了なはずなんだけどな。そんな素振りもないということは……さては、その件について揉めているといるとか?
まさかアイツら、俺の彼女さんに変な注文つけてるんじゃないだろうな!? もしそうだとしたら、彼氏さんとして奴らの顔面に全力のグーパンをお見舞いしてやらなければならなくなるわけだが。
クソッ、助けに行くか? でも会話が全く聞き取れていないからな。確たる証拠ってやつが……。うぅむ、どうしたものか。
「あっ、そうだ! それならおまかせはどうだ? おまかせならとりあえずは何かしら書いてもらえるだろ?」
「おまかせ?」
「そう、おまかせ! 佐渡さんの好きなように書いてくれていいから! お願いしてもいい?」
「……御意」
だが、それはどうやら余計な心配だったようで。やがて四人いるうちの一人が何かを言うと、残り三人も渋々といった感じではあるもののそれに了承したらしく。同時に三葉が目の前のオムライスに向けて、ケチャップを構え始める。
(か、解決したのか……?)
男たちの表情は、変化していった。
まずは喜んで、次に困惑と若干の怒り。
そして、最後にーーーー
「市川! すまんこっちの手伝いも頼む!」
「へっ? お、おう! 分かったすぐ行く!!」
最後に、どんな表情になったのか。俺はほんの一瞬しか見ることができなかったけれど。
ただ、確かなことは一つ。
(喜んで……いや、悦んでる?)
三葉がとてつもないケチャップ捌きで書いた、その″何か″を前に見せた男たちの笑顔は……まるで、自分の中から悦びが湧き上がってきたとでも言わんばかりの。
そんなーーーー歪な笑顔だったということだ。