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第142話 文化祭デートへ

 文化祭が始まって、二時間が経過した。


 依然、俺たちのクラスは大盛況。廊下の列はリピーターも含めることで更なる長蛇となり、その異常なほどの盛り上がりはむしろ加速しつつある。


 当然、メイドさんも裏方も大忙しだ。だから少々心苦しくはあるのだが……。


「悪いな、お先だ雨宮」


「けっ、佐渡さんとデートするのは結構だが、シフトだけは絶対守れよ! まだ最後に二時間あるんだからな!!」


「おう。ちゃんと彼女さんとのたっぷりイチャイチャデートで充電してから戻ってくるよ」


「くそぅ……俺も早く麗美ちゃんせんせのとこ行きてえよぉぉぉっっ!!」


 苦節二時間。休憩タイムだ。


 ちなみに、雨宮は最初に三時間ぶっ通しのシフトだからな。あと一時間、ここから出ることはできない。だから″お先″というわけだ。


 交代の時間まであと一分。教室には続々とこれからシフトに入る奴らが帰ってきて、入れ替わりを始めている。


 俺たち裏側は勿論のこと、メイドさんたちも。オープン二時間の節目にして、このタイミングで一度全員交代だ。


「おーおー、人えっぐいなぁ。これからここに三時間軟禁されるってマジか?」


「ひ、人がいっぱい……はぅ……」


「ね、ねえ。私いなくてもこんなにレベル高いメイドさんが三人もいるんだからもうよくないかな!? 一人くらいこっそり抜けてもーーーー」


「だ〜め。そんなこと言わないで、みんなで楽しもうよ! せっかくの文化祭なんだからさ!」


 三葉•月美さん•夏目さん&冬木さんと打って変わって入るのは、桜木先生•長野さん•江崎さん•中山さん。


 こうして四人と四人のチームのような形で二つに分かれて並んでいるのを見ると、改めてよく考えられた編成だと感心させられるな。


 まず、やはりなんと言っても月美さんと中山さんを別の時間帯に分けたのが大きい。二人を各チームの″面倒見役″とすることで、見事に統制が取れている。


 月美さんを筆頭とし、その裏に心強くオールラウンダーな動きができる夏目さん&冬木さんも加えることでコミュニケーション面に不安の残る三葉を支えながら動くAチームと、中山さんを筆頭とし、サボりそうなところはありながらも一応大人である桜木先生と二人で、どこか自意識の低い長野さんと江崎さんを優しく鼓舞しながら動くBチーム。


 この八人で行うチーム分けとして、これほどに適切な分け方もそうないだろう。ムカつくが流石は雨宮が考えただけはある。


「だあっ! あと一時間! 一時間の辛抱だ! やってやらぁっ!!」


「頑張れ〜。心の隅っこで応援してるぞ、一応」


 さて。ドリンク係の引き継ぎも終わったことだし。そろそろ、ここを離れるとしますかね。


(いよいよ……いよいよだ!)


 この二時間、俺はもはやこのために働いていたと言っても過言ではない。本来であれば忙殺されていたであろうえげつない業務量も、希望があったからなんとかこなすことができたのだ。


 期待に胸を膨らませながら。軽く呼吸を整え、教室を出る。


 店内同様……いや、それ以上に。廊下はもの凄い数の人が行き交い、ガヤガヤとした雰囲気で。その中でも特に、一年三組のまわりは長蛇の列が形成されていることもあり、話し声でいっぱいだ。


「えっと……たしか家庭科準備室で着替えてるんだっけ?」


 キョロキョロとあたりを見回しても、三葉や月美さんたちの姿は無い。どうやら既に着替えに向かったようだ。


 本当は教室の中で着替えられるスペースを作れたらよかったのだが。客席をできるだけ増やしたかったから、そうもいかず。かと言ってこれだけの来場者数だとトイレもかなり混み合っているだろうからな。家庭科部の月美さん特権で、特別に家庭科準備室をメイドさんたち専用の更衣室として貸してもらうことになった。


 というわけで、愛しの彼女さんはそこにいるはずだ。たしか家庭準備室は一階。ならそこの階段から降りてーーーー


「お待たせ、しゅー君」


「うおっ」


 と。歩き出そうとしたその瞬間。隣から突然、ちょんちょんっと肩をつつかれて。振り向くと、ついさっきまで誰もいなかったはずのそこに、彼女さんは立っていた。


「待つどころか出てきたばかりなんですけど。戻ってくるの早過ぎません?」


「ふふんっ。忍法•早着替えの術。彼氏さんとデートできる時間は少しも無駄にしたくないし、急いで戻ってきた」


「さ、左様で」


 あまりに早過ぎる帰還。俺ですら見逃しちゃうね。


 てっきり、着替えには早くても数分かかるものだと思っていたが。流石は三葉さん。どうやらメイド服であっても早着替えの技術は健在らしい。


「もう準備は完璧。スマホもお財布もパンフレットも、ちゃんと持ってきた」


「んじゃまあ、俺も時間無駄にしたくないし。行きますかね」


「ん!」


 俺の言葉に、嬉しそうにそう答えると。三葉は左手をこちらに伸ばしてきて、小さく指先を動かしてアピールする。


 ああ、分かっていますとも。なんと言ってもこれはデートですからね。もはやそれ無しには始められないといっても過言じゃない。


「えへへ……」


「手繋いだだけでそんなに嬉しそうな顔してくれるなんて、彼氏さん冥利に尽きますなぁ」


 ぎゅっ、と強く繋がれた手から、ほんのりと温かい彼女さんの体温を感じつつ。二人で一緒に歩き出す。



 ーーーーいざ、文化祭デートへ。

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