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第143話 フランクフルト

「さてさて、まずはどこから行く?」


「お腹空いた! 何か食べたい!!」


「ならまずは飲食系ね。どれにするかな……」


 俺たち一年生の教室は二階。なのでどうせ全部の出店を回るのならと一度一階に降りてきたのだが。どうやら、彼女さんはそろそろ空腹で活動限界らしい。


 まあ朝からずっと忙しくて何かを食べる時間は無かったし、なんと言っても現在時刻は十二時を過ぎているからな。空腹になっていない方がおかしいか。


 パンフレットに目を落としながらも、周りの店を見つつ。良さそうな飲食店を探す。


 一階は三年生の教室が立ち並んでいて、やはり高校生活最後の文化祭ということもあってなのか、どこもかなり気合が入っているように見える。


 そして意外と飲食店は少なかったのだが……おっ、あれは中々三葉が好きそうだ。


「とりあえずフランクフルトなんてどうよ。ほれ、あそこ」


「・:*+.\(( °ω° ))/.:+」


 はは、本当分かりやすいな。目がキラキラしてら。


 てなわけで、俺たちのファーストチョイスはフランクフルトで即決。人混みを掻き分けながら進み、三年二組を目指す。


 フランクフルトなんてベタな飲食店はかなり混み合うんじゃないかと思っていたのだが。予想に反し、形成されていた列はかなり短かった。


 ああ……なるほど。ここは俺たちのように教室の中で食べられるシステムではなく、販売のみなのか。


 つまりは人気が無いのではなく、お客さんを捌く速度が異常に早いのだ。だからこそ活気はあっても列は長蛇にならない。そしてフランクフルトそのものの単価は安くとも、そうして数を積み重ねていけば……これは、案外売り上げ面で俺たちのライバルになり得るかもしれないな。


 まあしかし、ライバル店の貢献になるからと購入を止める選択肢は俺たちには無い。俺ももうすっかりフランクフルトの口になってしまった。


「いらっしゃいませー」


「フランクフルトニ……ああいや、三本ください。一本はマスタードとケチャップどっちもで、残り二本はケチャップのみでお願いします」


「はーい。三百円ですー。ちょうどお預かりしまーす」


 と、いうわけで。とっとと列に並び、やがて俺たちの番が来ると。勢いに任せてフランクフルトを三本頼み、すぐに発泡スチロール製の平たいお皿で提供されたそれを受け取って。店を離れたのだった。


「か、彼氏さん? まさか……とうとう彼女さんの心を読むの術を習得したの?」


「はは、成功したならまぐれ当たりだな。たまたまだよたまたま」


 フランクフルトは一本一本が中々のサイズではあったものの、それでも三葉には一本ぽっちで足りるか怪しかったからな。念のためにもう一本追加で注文したというわけなのだが。どうやら俺の推測は大当たりだったようだ。


 生憎と、「彼女さんの心を読むの術」の習得はまだできていない。というか、三葉の「彼氏さんの心を読むの術」と同じレベルの精度で習得できる日など、来るとは思えないけれど。


 とはいえ、長年の経験から薄らと彼女さんの望むことを推測することくらいはできる。今回はそれがたまたまドンピシャで大当たりだっただけのことだ。


 けどまあ……その精度は着実に上がっていっているような気はする。俺も案外、彼女さんレベルではないにしろ、それっぽいものを習得する日は近いのかな、なんて。いいや、まさかな。


「ふふっ、謙遜しなくてもいいのに」


「謙遜だなんてそんな。俺はまだまだ彼女さんのレベルには程遠いですよ」


「そんなことない。こうやってマスタードを抜く気遣いがあって、そのうえで二本食べたいって気持ちも汲み取ってくれた。充分過ぎる」


「……なんか改めて言われると恥ずいな」


 俺を想って言ってくれるのはありがたいのだが。そういうのはこう、したことを口に出して説明されると……な。むず痒いものがある。


 まあとにかく喜んでくれたなら何よりだ。そんなことよりもこんなに美味しそうなものを前に、いつまでも持ってるだけって訳にもいくまい。そろそろ、いただくとしようか。


 照れ臭さでポリポリと頬を掻きながら。マスタード抜きの二本のうちの一本を手渡し、俺もマスタード入りを皿から持ち上げる。


 最後の一本は……まあ三葉が一本食べ終わるまで持っておくか。ああ、もちろん奪ったりはしないぞ。


「お、思ってたよりもデカいな」


 それにしても、提供された時から薄々思っていたことだが。このフランクフルト、中々凶悪なサイズをしているな。


 そのうえ、重い。中までしっかりと肉厚な証拠だろう。これはかなり食べ応えがありそうだ。


「ふふんっ、こんなの大きければ大きいほどいい。大きくて、ガッチリしてて。……理想形♡」


「……」


 いや、分かってる。変な意味じゃなくて、ありのままの感想だよな、うん。


 いかんいかん。これだから男子高校生というのは。


 ただただ大きいウインナーを前にして三葉がうっとりしているだけじゃないか。別に何ら変哲のない、いたって普通の光景だ。


 だから余計なことは考えるな。もし″そういう″妄想でもして「彼氏さんの心を読むの術」を使われてでもみろ。恥ずかしいなんてレベルの話じゃなくなるぞ。


「いただきます♡」


「…………いただき、ます」


 平常心。



 平常心だ!!

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