目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

最終話 今日も、これからも

「ぐーてんもるげん、しゅー君」


「……」


「どう? 起きたら彼女さんが添い寝してくれてるドッキリ。嬉しい?」


「……」


「えへへ。喜んでくれたみたいでなにより♡」


 朝。大好きな人の大好きな匂いと、大好きな感触に包まれながら。霞む視界が段々と開けていく。


 生憎と、寝起きが悪いもので。あまり頭が回っていないけれど。


 とりあえず彼女さんがめちゃくちゃ可愛い寝起きドッキリを仕掛けて、ぎゅうっとしてくれていることだけはよく分かるので。その小さな頭をなでなでしておいた。


(これでこのドッキリ、三日連続だな……)


 俺が寝ている間にこっそりと部屋に忍び込み、天井に張り付いてやろうなんてドッキリをしていた頃がもはや懐かしい。


 まさか″本当に″付き合い始めた次の日から、こんなに幸せなドッキリをされる日々が待っているとは。思いもしなかったな。


「うーん……今何時だ?」


「ん、六時半」


「早いなぁ」


「でも、そうすることで朝から三十分も彼女さんとごろごろイチャイチャがしていられる」


「ならいいかぁ」


「そう言ってくれると思ってた♡」


 なんとも幸せなモーニングルーティーンをこなして。七時きっかりにベッドを出ると、一階に降りて一度口を濯ぎ、リビングへと向かう。


 廊下まで良い匂いが漏れ出している。これは……卵の匂いだろうか。隣の彼女さんも同じ匂いに当てられたのか、じゅるりと舌なめずりをしている。


「おはよう、二人とも。ご飯できてるわよ」


「わぁっ……! 私の大好きな卵焼き!!」


(ち○かわみたいな反応だな……)


 目を光り輝かせる三葉と同じ食卓について。手を合わせ、箸を手に取る。


 母さんはいつもの如く、俺たちが隣同士で並んで朝ごはんを頬張っているのを、にまにまと嬉しそうな笑顔を浮かべながら眺めていた。どうやら母さんは母さんで、この朝が一日の楽しみの一つになっているらしい。


「いやあ……前々から仲良しだったけど、ここ最近は特にっていうか。二人から幸せオーラが全開ねぇ。はい、こっち向いてカップルさん。ツーショット!」


「✌︎('ω'✌︎ )」

「……」


 パシャッ。乾いたシャッター音と共に母さんのスマホで写真が撮影され、「もっと良い顔しなさいよ、息子」なんて嫌味を言いながら。その写真が画像となって映し出された画面を、こちらに向けてくる。


 急に撮られてちゃんと反応しながらいい顔できる三葉の方がおかしいんだよ、なんて言い返しそうになりつつも。そこに映っている俺は寝起きなこともあり、半目気味のどこかどんよりとした顔をしていて。それを見せられた途端、言葉を飲み込んでしまったのだった。


「ふふっ、しゅー君はちょっとねぼすけさんなところも可愛くて魅力的。普段のかっこいい彼氏さんなところと一日にどっちも味わえて、二度美味しい♡」


 そしてその後も、結局そのまま。母さんと三葉に言われるがまま、されるがままにされながら。朝ごはんを食べ進め、やがて食べ終わるともう既に制服姿な三葉をリビングに残し、自室へと戻り着替える。


 もうあと二十分もすれば家を出なければならないのだが。着替えたらその後は持っていく荷物をまとめ、歯を磨いてその後は……っと。まあ、ちょうどいいくらいか。


「……よし。準備完了っと」


 それに、遅刻云々以前にあまり着替えに時間をかけ過ぎると、母さんの皿洗いの手伝いを終えた三葉が覗きにきてしまうかもしれないからな。俺は素早く寝巻きを脱ぎ去り、制服に身を包んで。教科書やらなんやらが入った鞄を持ち、足早に階段を降りた。


「むぅ。これじゃあ早洗いの術の意味無い! もっとゆっくり準備してくれていいのに……」


「ははは。俺の身の安全のためにも遠慮させていただきますよ」


 と、再びリビングに戻った刹那。キッチンから三葉が駆け寄ってきて、ぷくりと不満に頬を膨らませた。


 どうしても覗きたいなら皿洗いの手伝いなど放って俺の後を尾けてきたらいいものを。……まあ三葉のそういう律儀なところのおかげで、今日もなんとか俺は安全に着替えを行えているわけだけれど。


「それより歯、磨きに行くぞ。ぐずぐずしてたら″あれ″する時間も無くなるし」


「! そ、それはまずい! 早く磨かなきゃ!!」


「うおっ、落ち着け落ち着け。まだ全然大丈夫だから」


 寝起きの彼女さんとのごろごろイチャイチャから始まり、共に朝ごはんを食べて、着替えに戻って。再び降りてきて、共に歯を磨く。


 これまでのものに少しだけ着色が施された、新しいモーニングルーティーンを過ごすこと、一時間と少し。


 現在時刻は七時五十分。家を出る時間まであと、十分。


「気をつけて行ってらっしゃいね。私はちょっと二度寝してくるわぁ〜」


「おう。行ってきます」

「ん、行ってきます!」


「行ってらっしゃい〜」


 あくびをしながら俺たちに手を振って。そのまま階段を上がっていく母さんの姿がやがて消え、パタンっ、と。二階から扉が閉まる音が聞こえてから。


「行ったみたい」


「っすね」


 俺たちの新たなモーニングルーティーンにおける、最後の項目が。始まる。


「じゃあ、早速」


 それは朝のごろごろイチャイチャ同様、新たに追加された新項目だ。三葉と本当の恋人さん同士になって……それにより解禁された、とても大切な時間。


「行ってきますのキス、シて♡」


「……喜んで」


 上目遣いで見上げてくる彼女さんの身長に合わせ、少しだけ屈みながら。そっと、唇を重ねる。


 え? 二人とも家を出るのに行ってきますのキスをするのはおかしいって? そんなことは言われなくても分かってるよ。


 けど、そんな細かいことはどうでもいいんだ。それよりも重要なのは、お互いに大好きな人とキスをすることで、一日頑張るための活力を得ることなのだから。


 これより十分。八時きっかりまで。俺たちはモーニングルーティーンの締めくくりに、目一杯のイチャラブキスをする。


 いっぱい密着して、キスして。お互いの好きを、何度も。何度も何度も、確かめ合って。そうして時間が来るまで目一杯、これでもかというくらいイチャイチャしてから。ようやく家を出るのだ。


(ああ。やっぱり俺は……俺の、彼女さんは……)


 たった十分。されど十分。その時間が俺たちの好きをより強固にし、高めていく。


 いや、この十分間だけじゃない。一緒に過ごす時間、全てが。毎分毎秒、幸せな自覚をくれる。


「えへへ。しゅー君……大好き♡」


「俺も……大好きだ」


 だって俺の幼なじみはーーーーいや、彼女さんは。



 今日も、最高にかわいいのだから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?