「遅くなって申し訳ありません。どうも、東條 葛木です」
ゆっくりと姿を現す……とてもダンディなおじ様。もとい、東條社長。俺は本物の東條社長を見れたことに一瞬感動し、すぐさま気持ちを切り替えて頭を下げる。
「本日はお時間を取っていただきありがとうございますっ。改めまして、高山 隼人です。本日はよろしくお願いしますっ」
「今日はよろしくお願いします。取って食いやしませんから、ゆったりと行きましょう」
そう、俺の肩をぽんぽん、と軽くたたいて東條社長が俺の横を抜けて行き、俺が先ほど座ってた椅子の対面に座る。
「失礼します」
俺もそう言って先ほどまで座っていた椅子に腰かけるのだった。
「さて、履歴書から分かることは大丈夫です。何回も読みましたので。正直、パーソナルな部分もうちの鈴堂や星羅から話は聞いているのですが……」
じゃ、じゃあ、一体何が聞かれるんだ。俺は震えそうになるのを体全体に力を入れることで防ぐ。
「なので、そこから分からない部分を詰めていこうと思います。ああ、お茶は合否に一切関係ないので適宜摂取してください?いつも通り、水飲むぞーって」
そうお茶目に笑う東條社長。履歴書だけではなく、俺の配信までチェックされている事実に若干の嬉しさを覚えながら「では、失礼します」とお茶を一口飲むのだった。
「さて、ベターな質問は正直高山さんの、いえ、秋城さんの配信を見ていれば分かるので割愛させていただきます。なので、更に進んだ質問を」
俺はごくり、と唾を飲む。きっと、予測できなかった質問が飛んでくる。練習してきたことではなく、俺を秋城を見ているのだ。前のめりになりそうな体を律しながら東條社長を見る。
「数あるVTuber事務所の中で@ふぉーむを選んだ理由をお聞きしていいですか?」
お、そ、それなら割とするする出てくるぞ。
「御社を選んだ理由は2つあります。まず、何と言ってもVTuber界で今一番勢いがあると考えられる事務所だからです。その場所でなら私はもっとやりたい配信をできる、と考えました。2つ目は御社が用意している様々な配信環境をとても魅力的に感じ、そこでなら配信の幅を広げられると思い、御社に入りたいと思いました」
俺の言葉を聞いて、ふ、と笑う東條社長。それは何の笑みなんだ、俺がついつい困った笑みを浮かべていれば東條社長が喋りだした。
「いえ、すみません。てっきり、鈴堂が居るから、が飛び出てくると思っていたので。此処で信者な側面をゴリ押ししてきても面白かったと思いますよ?」
「それゴリ押したらただのファンじゃないですか」
俺の言葉に東條社長が鳩が豆鉄砲を食らったような表情を一瞬浮かべて、また、ふ、と笑うのだった。
「いい視点です。そう、弊社に入った場合鈴堂はもう同僚で、いざとなったらライバルとなります。ただのファンではダメですからね」
おおう、とんでもないところに試金石が入ってた。よかった、よく面白そうと言われて喋り出さなかった偉いぞ俺。
「でも、ああ……」
東條さんが一瞬何かを考えるように言葉を飲み込む。そして、再度口を開いた。
「散々聞かれてきたと思いますが、再度高山さんの意思を確認したいです。……VTuber・秋城で弊社の所属になりたいんですね?」
「はい」
「高山さんがどれほど実情を知っているかは分かりませんが、企業所属となると様々な制約が加わります。その点に関しましてはどうお考えですか?」
俺がどう考えているか。うーん、でも。
「制約に関しましては、企業という社会において必要なものだと私は考えております。それが配信者を不当に搾取するものでない限りは、所属配信者はそれを守るべきだと思っています。制約を守ることでまた、配信者も守られると思うので」
「なるほど、しっかりした考えを持っていますね。本当に転生してきたようだ」
俺の心臓がヒヤッ、と冷たくなる。秋城での活動を打診する場合の一番突っ込まれるであろうこと。———転生。
「せっかくこの言葉が出てきたのです。では、次は転生についてお話していきましょうか」
これについては突っ込まれるだろうことは予測してきた。でも、鈴羽や世那と話す中で迂闊な嘘はただ首を絞めるだけだ、というのが結論だった。なので———、当たって砕けろ、だ。
「はい」
「秋城の伝説の配信、アレは全て事実なのですか?」
「事実です。俺はあの日確実に死にました。そのことに関しては前世の妹を証人にできます」
「ほう……証人にできる、ということは今もご連絡を?」
「取っています。ただ……」
「ただ?」
東條社長が首を傾げる。俺は自らの弱点を晒すようにその言葉を紡ぐ。
「多分、転生関連全てに言えますが……俺には俺と前世の秋城が連続体である証拠はいくらでも並べられます。前世を語るでも、前世に繋がりがあった人を連れてくるでも。でも、それらは私から見た事実でも、東條様から見たら出来のいい作り話を並べられていると解釈されても仕方ないと思っています」
「そうですね。あくまで解釈する私に委ねられている。……だけど、高山さん、一つ重要な視点が抜けていますよ」
「な……なんでしょう」
え、俺が見落としている?突如告げられた言葉に俺は心拍数を走らせながら必死に考える。な、なにを見落としているというのだろうか。
「貴方を疑うということは私は少なくとも鈴堂と星羅を信じないことになってしまいます。そして、彼女たちは嘘をつかない……もちろん、高山さんが彼女たちを欺いてなければですが」
「欺いてなんかいません。それこそ鈴堂様にも星羅様にも失礼です」
なるほど。今まで俺は解釈する側と解釈される側、その二点しか考えていなかったが……解釈をする側にも色々あるのか。
「でしょうね。高山さんは嘘をつくことを忌避しているように私は配信を見て感じていました」
そうクスクスと楽し気に笑う東條社長。喋れば喋るほど全て試されている気がしてしまって喉がひくひくと動きそうになってしまう。
「私は現時点で高山さんを信じるのではなく、鈴堂と星羅の言葉を信じて貴方が転生したということを信じようと思います」
失礼、そう零して東條社長が一回思案するような顔を浮かべて、その後口を開く。
「ただ、配信上はそれでいいでしょう。でも、例えば弊社と契約をする場合、どこかと契約をする場合、転生しました、は通じると思いますか?」
「あ……」
俺の脳みそが停止する。脳みその大事なところをなにか鋭いもので貫かれたかのような感覚。そして、血が流れるように脳裏に真っ白いものが広がっていく。俺ははく、はく、と動きそうになる口をを必死に一文字に結んで考える。考えろ、考えろ、考えろ、考えろ、考えて、どうにか、突破口を。
「つ、通じ……ません……」
だけど、考えれば考えるほど通じないが答えであった。これは多分通じるを主張するならその根拠を出さなきゃいけない。つまり、根拠を出せないなら答えられる言葉は一つしかなくて。
「この際、真実は横に置いておきましょう。また、配信上では転生をしたって言ってもそれはキャラクターになりますので大丈夫です」
俺はぐるぐると大回転し続ける脳みそで必死に東條社長の言葉を受け止める。
「でも、例えば弊社のスタッフと会話するとき……信用を損ねないように立ち回ってもらわなければいけない場面が来るかもしれません。それを貴方は呑み込めますか?」
信用を損ねないように立ち回る、つまり、現実的なカバーストーリーを矛盾なく話さなければいけない、ということ。それは今まで俺がやってこなかったことをやらなければいけないということ。
今までと違うプレイスタイル。それを上手くやれるのか、俺にできるのか、そんな自問自答が回る。ぐるぐる、ぐるぐる、と。
そんな俺の脳内にふとリフレインする、鈴羽との秋葉原のカードショップでの会話。俺を、秋城を見て変わった鈴羽が居た。しかも、その当時は大分幼い鈴羽が、だ。そんな幼かった子供が変われたのだ……俺が変われないはちと情けない気がして。
そう思うと、まるで憑き物が落ちたかのように俺の肩からふわ、と力が抜けていくのだった。
「呑み込みます。私が転生してきた、という事実は私の大事な人たちに信じてもらえればいい、もし対外的に嘘が必要なら私は喜んでつきましょう」
そう、俺も変わらなければいけない。もう、全員に信じてもらわなければいけないと躍起になる時期は終わったのだ。立場も確立された。ならあとはその立場を安定したものにしていくしかない。故に、嘘が必要になってくる。嘘を受け入れて、秋城を更に安定したものにして見せる。
「いい返事です。……では、次の質問はちょっと肩の力を抜いて。もし、弊社所属になったらどんな展望を抱いているのかをお聞かせ願えますか?」
いやいや、全然肩の力抜けませんけどね?だが、それでも峠は越した、不思議とそんな気持ちになった。
「伝説を、作ります。今度は俺一人で作る伝説じゃない、御社に入社して御社のメンバーと共に最高の伝説を。その具体的方法として———」
「では、最後の質問です」
此処にたどり着くまで体感何時間も話した気がする。だけど、東條社長もそこまで暇じゃないだろう、多分経過時間は1時間ぐらいなんじゃないだろうか。俺は空調が効いているというのに多大に発汗しながら東條社長の言葉を待つ。
「高山さんは弊社のメンバーになったとしても、鈴堂や星羅のコネと言われ謂れのない誹謗中傷に晒されたりもするでしょう。そうなったとき、貴方はどうしますか?」
その質問は……ずっと密かに考えてきた問題だった。@ふぉーむに所属することはメリットも大きいがデメリットもついて回る。そのうちの1つ、どうしてもコネ所属だという誹りは免れないだろうこと。でも、これに関しては俺は俺なりに1人で答えを出していた。
「それは秋城の実力が見劣りするから言われるのだと思います。なら、誰にも文句を言わせないぐらいの実力になって、御社……いえ、@ふぉーむの秋城となって見せます。その為ならどんな努力も怠りません」
———2041/07
その日はとても暑い日だった。埼玉のとある一帯では40度を超して、人が人ならしゅわしゅわとした冷たい炭酸が欲しくなるそんな日だろう。
こんな日には彼を思い出してカフェイン飲料を飲むに限る、そう彼らは思った。
彼は———秋城は今度は音沙汰もなく消えたのだった。ある日、配信が途切れた。リアルが忙しいのだろう、というのが視聴者、お前らの見解だった。でも、そのうちゆったーまで止まっているのは可笑しくないか?もしかして、また死んだんじゃ、そんなことがまことしやかに囁かれるようになった。
もちろん、秋城が懇意にしていたVTuberにも言及はいく。ゆったーで問いかける程度ならまだ分からなくもないが、配信でしつこく聞くやつまでいる始末だった。でも、みんな口をそろえて言うのだ。
「今は教えられないけど、信じて待って」
そして、時間が経った。この飽食の時代話題に上がらなくなることは容易い。なんのアクションも起こさなければ3ヵ月で話題にも上がらなくなるだろう。
マメな人間は見なくなった配信者のチャンネルを整理してチャンネル登録を解除したりするだろうけれど、おおよその人間はそのままチャンネル登録したことすら忘れて放置するだろう。
そんなある日、忘れ去られたチャンネルから通知が入る。
『〇今すぐライブをご覧にいただけます! 遅くなったな、お前ら!』
その通知を見た多くの彼らが「まさか」そんな気持ちでその通知をタップしただろう。そして、彼らが不安や期待、様々な感情を入り混じらせて待つこと数分。プツッ、とマイクの入る音、そして———。
「@ふぉーむ0期生、秋城の生放送がはっじまるよ~ゆっくりしていってね!」
底辺VTuberの俺と美少女売れっ子VTuberのてえてえはありますか? 第一部・完