まずいです。
どう答えて良いか、私には判断が出来ません。
人形である私が言葉をを詰まらせてしまいました。
いえ、普通の人形はそもそも喋れないのでした。
普通もなにも人形に、言葉を詰まるも何もないです。
私は何を言っているんでしょうか。いえいえ、言葉には出してはいません。
ただ、私は人形であるにもかかわらず内心かなり動揺していました。
それはわかってもらえたと思うのです。
何がどうしてそうなったのか。
整備をし終えて、外骨格もすべて元に戻した後のことです。
メトレス様は不意に言われたんです。
私の目を見て言ったわけではありません。
整備で使った道具をかたしながら、ポツリと独り言のように、誰に言うでもなくつぶやくように言ったのです。
「キミは…… シャンタルなのかい?」
と、それに私は答えることが出来ません。
私的には、いいえ、なのです。
それはわかり切ったことです。
その方の記憶は、私にはないですからね。
恐らくは別なのでしょう。
少なくとも、私はそう思っています。
それでも、そうつぶやいた後、私を見るメトレス様の、あんなにも希望に満ちた目は、私から否定する言葉をを奪いました。
なんで、そんな顔をするのでしょうか。
そんな顔をされては、私は否定することができません。
まるで私に肯定して欲しいような、そんな表情をメトレス様はなさっています。
それに私が否定してしまったら、そのままその希望は絶望へと変わりメトレス様を蝕んでしまう気がしたのです。
だからと言って肯定することも私には出来ません。
肯定してしまったら、私にシャンタル様の魂が使われていることが確定してしまうことになりかねません。
そうしたら、私は役人の元へ行ってすべてを告発しなければなりません。
人形はそう言う風に作られているんです。
でも、普通の人形は喋れないのにどうやって役人に告発するのでしょうか?
その知識は私にはありませんね。謎ですね。
そして、そんなことはどうでもいいのです。
今は関係ないのです。
私はメトレス様にどう答えればいいのか、それが重要なんです。
しばらくの間、私が悩んだ後、なんとか出した答えは、
「それはどういった意味なのでしょうか?」
と、いう言葉でした。
この言葉をひねり出すのに随分と考えさせられましたが、メトレス様は私の言葉に寂しそうな顔をしました。
「いや、なんでもない。そんなわけないんだ。あるわけがない……」
メトレス様は本当に寂しそうにしています。
私は何と答えれば良かったのでしょうか。
私が答えた言葉に、メトレス様が私をシャンタル様と確信されるような言葉があったのでしょうか?
そういうことなのでしょうけれども。
わかりません。
私にはシャンタル様の記憶は一切ありませんから。
本当にシャンタル様の魂が使われているかどうか、それすらも疑惑のままです。
私は…… 私の為にそれを確認しません。してはいけません。
私はメトレス様と一緒にいられるだけで良いんです。
それだけで。
だから、真相を確かめてはいけないのです。
本当にそれだけでいいのでしょうか?
いえ、良いんです。それ以外に私が望むことなどありません。
けど、私のどこかで、それだけではダメだと、必死に訴えてくるなにかがあります。
何でしょうか、この湧き上がってくるかのような気持ちは。
私とは別の…… 何か別のもの存在を感じます。
どこか遠くから、私の奥の方から、ささやくんです。
このままではメトレスがダメになってしまう、と。
この違和感はなんなのでしょうか。
私の中に別の私がいるような、そんな感覚です。
ただそれを他人とは、どうしても私は感じられません。
なるほど、もしかしたら、それがシャンタル様ということでしょうか?
確証はありませんが否定も出来ません。
そして、私はそれを絶対に確認したりはしません。
そのままあやふやで良いのです。
私に、ささやいているのがシャンタル様だと仮定してお伝えします、安心してください。
もしメトレス様がダメになっても、私が支えますので。
たとえどんなことになろうとも、メトレス様だけは私がどうにか致します。
それが私の役目ですので。
安心して眠っていてください。
私が声に出さずそう強く思うと、ささやき声は悲しそうに消えていきました。
きっとこれで良かったのです。
「そんなわけないとは、なにがでしょうか? 私に何かできることはありますか?」
人形らしい言葉を発します。
そもそも、私は人形ですからね。
でも、普通の人形は喋れないのに人形らしい言葉というのもおかしな話ですね。
ただ、私の問いにメトレス様も何も答えはしません。
私は選択を間違ったのでしょうか?
何が正解だったのか、どうすればよかったのか、人形の私にはわかりません。