目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

【第五十九話】人形と逃走劇、拾

 メトレス様は弱りながらもディオプ工房へと向かわれて行きました。

 あんな辛そうな様子で大丈夫なんでしょうか? 私はとっても心配です。


 私はこのフリットさんの隠れ家に残されたままです。

 ここで日が暮れるのを待って、町の外へ向かうとメトレス様と約束しました。

 従うしかないですね。今のところはですが。


「な、なあ、もういいだろ? この縄を解いてくれ?」

 フリットさんがそう言ってきます。

 何言ってるんですかね? この人は。

「ダメです。少し黙っていてください」

 私が睨んでそう言うと、

「わ、わかった」

 と言って、素直に黙ります。

 そうです。

 黙っていてください。

 私は今、とっても考え…… いえ、迷っているのですから。


 とはいえ、どうしたものでしょうか?

 メトレス様をこっそりつけましょうか?

 それが良いですよね。

 普段のメトレス様ならまだしも、今は大変、弱っておいでです。

 こっそりと、わからない様に後をつけましょう。

 そもそも、人形の私がグランヴィル市の正門から堂々と出れるわけもないので、結局は夜を待たないと行けないんですよね。

 いえ、私だけなら、地下水路を行けばグランヴィル市を悠々に逃げ出せるんですよね。

 あの地下水路はグランヴィル市の外から引いているはずなので、グランヴィル市の外まで行けるはずなのですよ。

 あっ、でも市外には、地下水路から外へ出るための井戸がないのですよね。

 そんな地下水路を一体誰が引いたんですか……

 それも大昔に。


 どちらにせよ、結局は夜まで待機なのですよね。

 でも、地下水路を使えば、このグランヴィル市内なら、自由に動けまわれますよね?

 なんと言っても、このグランヴィル市には井戸なんてそこら中にあるのですから。

 やはりこっそりとメトレス様をつけてお守りしましょう。

 その前に確認だけしておかなければならないことがあります。

「フリット様でしたっけ? そういえば、あなた、なんで私が対象だとわかったのですか? 目立たない様に汎用のメイド服を着ていたのですが」

 そうです。

 なぜバレたんでしょうか?

 問題なかったはずなのですが?


 私がそう問うとフリットさんは、意外そうな顔をしながらも答えてくれます。

「え? あっ、ああ…… まず朝市で珍しい人形がいたのと、その人形がずぶ濡れだったと言うこと。それと、あの修道院の周りでなにか焼けるような臭いがしていたってところだ……」

 臭いですか。

 確かに人形の私には臭いがわからないですからね。

 それは盲点でした。

 あと、やっぱりメイド服は濡れたままなのですね。

 湿り気具合も、正直よくわかりません。

 そんな感覚は私にはないんですよ。

 水は滴ってなかったと思うのですが盲点ですね。

 そのあたりは次からは、もっと気を付けなければなりませんね。


「そうですか。臭いも湿り気も私には感じることが出来ませんからね。それは仕方ないです」

 仕方ないです。

 仕方ないですよね?


「で、こ、これからどうするんだ? やっぱりあいつを追うのか?」

 そう言ってフリットさんは私を床から見上げます。

 つい答えたくなるのを黙り、私は返事をします。

「そんなこと言う訳ないじゃないですか」

 そう答えながら、私の人形としての感覚がこのアジト、結構大きめの共同住宅の一室なんですが、建物自体を複数の人間に取り囲まれているのを感じ取ります。

 恐らくは市警の人達でしょうか?

 人形の気配はありませんので、それほど警戒することもないでしょうか?

 少なくとも軍用の戦闘用人形とやらはいないようですが。


 しばしどうするか迷いながら、フリットさんを見下しています。

 確かにこの方が、誰かと連絡する機会はなかったはずです。

「そ、そうかよ。な、なんだよ、じっと見て」

「いえ、足の一本でも折っておいた方が良いのかなと?」

 でも、恐らくはこの人が知らせたのですよね。

 殺すのは流石にかわいそうですが、足の一本くらい折っておいても良いでしょうか?


「な、なんでだよ!」

 私の視線に恐怖でもしたのか、フリットさんがそう言って強がっています。

 ですが、その表情は恐怖に彩られていますね。

「数人がこの家を取り囲んでいるようなので……」

 表情は変わらないですが、目を細めてそう伝えてあげます。

 そうすると、フリットさんが恐怖に狩りたてられて、慌てだします。

「お、俺は本当に知らんぞ! う、嘘じゃない!! あ、あの医者だ! あの医者も市長の息のかかった医者だからな!」

 なるほど。

 事情は聞かなくともわかる、と言った相手だったのですか。

 それを知っててあの医者を紹介したと?


 でも、医者の処置は適切だったのですよね。

「とりあえず、人形はいないみたいなので、どうにかなるので今回は見逃してあげます。次にあなたの顔を見たらただじゃ済ませんので。そのつもりで」

 この隠れ家とやらを取り囲んでいるのは市警の人達だけですね。

 なら、井戸から降りて地下水路から逃げましょうか。

 それが一番楽そうです。

 後はディオプ工房を目指してメトレス様と合流しましょう!

 それが良いですね。

 っと、また今思い出しましたが、朝市で買ったタマネギとニンニク、また使い忘れてしまいましたね。

 まあ、いいでしょうか。

 特段邪魔になる物でもありませんし。

 私は荷物の中にタマネギとニンニクを突っ込んで、大きな荷物を背負いこみます。


「では、ごきげんよう。お互いにもう会わないことを願いましょう」

 そう言って、瞼だけで笑顔を作ります。

 きっとこういうときは笑った方がいいはずです。そうですよね?


「く、くそ、もう二度とその顔を見せるな!」

 フリットさんは少し安心しつつ、そう捨て台詞を吐きます。

 まあ、もう本当に相手しなくて良いでしょうか。


 もう二度と会うことはないと思いたいフリットさんに別れを告げて、私は井戸から地下水路へと降ります。

 頭の中の地図と照らし合わせて、ディオプ工房の方向をに向かいます。

 人間の脚では私には追い付けないので、問題ないですね。

 でも、フリットさんからメトレス様の行き先がバレてしまうでしょうか?

 喉くらい潰しておくべきでしたか?


 まあ、どうでもいいですね。


 さあ、メトレス様と合流しましょう!

 これは不意に起きた事故なので、命令違反でも、約束を反故にしたわけではありませんので!

 仕方がなかったのです!

 きっとメトレス様も怒らないでいてくれます!


 今、会いに行きますよ! メトレス様!!







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?