「でも、メトレス様、復讐とは誰に対してですか? その…… 市長にですか?」
恐らくそうですよね?
市長に対してメトレス様のあの異様な怒りはなんなのでしょうか?
深い怒りを人形の私でも感じることが出来ました。
「ああ、そうだ。それとシモ親方もだ。親方も…… あいつも同罪だ」
メトレス様は怖い顔をして、まさに鬼気迫る表情でそう言い切りました。
こんな表情をするメトレス様など見たことがありません。
ですが、
「シモ親方ですか?」
これは予想外です。
シモ親方に対して、メトレス様は普通に、いえ、尊敬しているように見えていたのですが……
内心はそうではなかった、ということでしょうか?
それを堪えていた、と言うことですか?
ふむ、流石メトレス様ですね。
「このまま…… プーペと二人でこの都市を出て行きすべてを忘れようと、そう考えもしていたが、このままにしておけるわけがない…… 多少の危険を冒し出ても止めなくては……」
あっ、その私と二人というフレーズ、良いですね。良いですね。
そのまま忘れて私と二人でこの町を出て行きましょう。
と、言いたいのですが、メトレス様はもう決めてしまわれたみたいですね。
そのきっかけはフリットさんが私を捕まえようとしたことでしょうか?
なら、私もそれに従わなければなりません。
私はメトレス様の人形なので。
「はい。では、市庁へと乗り込みますか?」
それで市長をボコボコにしてしまえば良いのですか?
それこそ、私に任せてください!
こう見えて、私、結構強いみたいですよ!
「いや、行き先はディオプ工房だ。そこで証拠を見つけ、それをもって教会へと駆け込む。それだけで事が済むはずだ。だから、プーペ、君は先にこのグランヴィル市から出ていて待っていて欲しい」
あら? それなら確かに私はいらないかもしれませんね。
教会へ行くなら、今の状況では確かに私は邪魔でしょうし……
ですが、こんな弱った状態のメトレス様を置いて行くだなんてこと私にはできませんよ?
「嫌です。メトレス様は私が守ります」
私ははっきりと自分の意志をメトレス様にお伝えします。
そこで、えっと、誰でしたっけ?
ああ、そうそう、フリット、フリットさんでしたね。
その方が恐る恐る発言します。
邪魔ですので、さるぐつわでもしておいた方が良かったですかね?
「な、なあ、あんた。この人形の主人はお前だろ? なんで、喋るどころか命令まで無視できるんだ? やっぱりすでに暴走しているんじゃないのか?」
それは…… 確かにですね。
言われてみて私も初めて気が付きましたよ。
なんで私はメトレス様の命令を無視しているんでしょうか?
自分でもわかりません。
そもそも、メトレス様の家から出るな、という命令も思い返せば聞けてませんでしたよね……
「ボクも驚きはしたが、これは暴走じゃない。もとからプーペには命令厳守のランガージュ・ド・プログラマスィオンは書き込んでいない」
メトレス様はそう言い切りました。
ついでに、ランガージュ・ド・プログラマスィオンとは、人形を制御するための言語で錬金術師達の使っていた失われた言語です。
今はその言葉を理解できる人はおらず、まるごと真似てネールガラスのコアに刻み込むのが精一杯で、それで何とか利用している、という話でしたよね?
なので、どこの部分が人形に命令を聞かせている場所なのか、それすら見当がつかない、そんな話だったと思うのですが……
「はぁ? 何言ってるんだ? そんなことできる訳ないじゃないか! ランガージュ・ド・プログラマスィオンをいじるだなんてこと…… で、できるのか? おまえには!?」
フリットさんも目を見開いて驚いていらっしゃります。
確かに、メトレス様ならできてもおかしくはないですね。
何て言ってもメトレス様ですから!
「ああ、失われた言語とはいえ、言語は言語だ。一文字ずつ理解して行けばどうにかなる」
流石はメトレス様です!
失われた言語の解読をなされていたんですね!!
本当にメトレス様は凄いですね!
「そんな…… 失われた錬金術の言語だぞ? 二十六種類すべてのルーンを解読し、それらが織りなす無数の単語の意味を理解していったと言うのか?」
確かネールガラスのコアに刻み込む文字は、二十六種類の特殊な文字なのですよね。
でも、二十六種類って意外と少なくないですか?
「そうだ、十三種。それが表と裏で、たった二十六種類だけだ。それに実際どうにかなっている、だろ? それでも、最初はプーペも命令を厳守しているから、失敗かと思っていたが……」
メトレス様も失敗したと思っていた? と言うことですか。
な、なるほど?
私が命令を守っていたから、メトレス様も失敗したと、そう思っていたと?
「私には命令厳守の制約がない…… のですか?」
なら、なんで私はメトレス様の命令を聞かなければならないと思い込んでいたのでしょうか?
人形だからですか?
人形だから、私自身がそう思い込んでいただけなのですか?
確かに、メトレス様の命令を聞くのは全然嫌ではないし、もっと命令して欲しいくらいですからね。
そんな私が気づかないのは、まあ、仕方ないですね。
「ああ、そうだ。プーペ、君は元々自由だ。君を縛る気なんて元からなかった」
私は自由ですか。
それは…… どうなのでしょうか?
私はメトレス様の命令に従っている方が幸せなのですが?
でも、自由という言葉自体は、良い響きに聞こえますね。
あっ、なら、これはどうなのですか?
「では、あの…… 違法なことを見たら役人に知らせなくていけない機能も……」
「君には付いてないよ。そのはずだ」
ついていない?
では、では…… ずっと気になっていたあの質問を聞けるということでしょうか?
「な、なら…… その…… 私はシャンタル様なのですか?」
私にはシャンタル様の魂を使っているのですよね?
「……」
ですが、メトレス様は俯いたまま答えてはくれません。
「メトレス様!」
と、もう一度声をかけるとメトレス様は俯いたまま、話してくれました。
「君はシャンタルではない…… ボクは失敗したんだ……」
「失敗?」
私はシャンタル様ではない?
どういうことでしょうか?
私にはシャンタル様の魂は使われていない? そう言うことですか?
「彼女は、シャンタルは…… 永遠に失われた……」
シャンタル様が失われた?
では、それでは私は一体なんなのでしょうか?
「失われた? なら、私は……」
「やっぱりプーペも気づいていたか…… そりゃ…… そうだよな。とにかく、プーペはグランヴィル市の外で身を隠して待っていてくれ。ボクも後から行く、必ず行くから」
それって、後から絶対来ない奴じゃないですか!
シャンタル様の残された小説でもそうなっていましたし。
「いいえ、お供します」
私がメトレス様を守るんです。
「いや、プーペ。狙われているは君なんだ。君さえいなければボクでもどうとでもなる」
「わ、わかりました」
私は邪魔ということですか。
いや、まったくもってそうなのかもしれないですが……
プーペとしては、弱っているメトレス様を置いていくだなんてことは、とっても心配なんですよ!