今日はディオプ工房の集会の日だ。
行かなければ、シャンタルに怒られてしまう。
今日も寝れなかった。
寝れても悪夢を見るだけだが。
そのせいで、寝不足のせいでフラフラする。
頭がまるで回らない。
でも、集会に行かなければシャンタルに怒られる。
怒られてしまう。
でも、怒ってくれる彼女はもういない。
それでもボクは彼女の言葉には逆らえない。
彼女の願いを一つでも多く叶えてあげたいから。
だが、今日も工房へ来たところでシモ親方はいない。
また市長のところだそうだ。
ここのところほぼ毎日呼び出されているらしい。
でも、今日は、今は、時間がある。
気長に待つとしようじゃないか。
このところ仕事を詰めすぎてた。
こうやって休むのも悪くはない。
それに親方にはシャンタルの事で今まで無理を言っていたんだ。
少しくらい待つことは何ともない。
今は時間があるんだ。
そう思っていると、同僚の、同じディオプ工房に所属する人形技師の…… 誰だったか、名前もお覚え出せない奴から、
「メトレス、お前、大丈夫か? そんなにやつれて…… お前の話は聞いている。他の皆も事情は知っている。今日は帰って休め。親方には俺から言っておくから、な?」
と、声を掛けられた。
ボクの事情を知っている?
何を言っているんだ。
誰もボクの事情を知る者などいない。
いてはいけない。
けど、そうだな。
これは、いい機会かもしれない。
「あ、ああ、すまない。えっと…… ああ、休ませてもらうことにするよ。一応ボクからもシモ親方に書置きは残して行くから……」
そう言って項垂れるように座っていた椅子からボクは立ち上がる。
その際、少しよろめくが、なんてことはない。
「そ、それがいい。大丈夫か? ガルソンに付き添わせるか?」
そいつはボクをまじまじと見てそう言った。
一応は心配してくれているんだよな。
名前なんだっけ、先輩だったよな。
思い出せないが、世話になっていた気がする。
「いや、大丈夫ですよ。大丈夫さ…… 少し疲れているだけですから……」
そう、少し疲れているだけだ、ボクは。
シャンタルが帰って来てくれれば、それで問題はないんだ。
だから、今は待たなくちゃいけないんだ。
「そ、そうか…… メトレス、いいか? 帰って休むんだぞ?」
そいつは、いや、その人はボクの目をしっかりと見ながらそう言ってくれた。
「あ? ああ、わかっている。わかっているさ……」
わかっている。
わかっているとも。
だから、ボクは親方の部屋へ行くんだ。
そうしてボクは親方の部屋に入る。
やることがある。
資料だ。
もう少し資料が見たい。
親方が市長から頼まれているヴィトリフィエ病の、そのガラス化した遺体から作るネールガラスの技術が少しでも知りたい。
ボクには失敗が許されないのだから、少しでも情報が欲しい。
なんでもいいから役に立つ情報が欲しかった。
それにしても相変わらず親方の部屋は汚い。
散らかり放題だ。
だからこそ、ボクが多少家探ししたところで親方も気づけない。
机の上もこんなに散らかって……
大事な資料もあるだろうに。
おっ、早速あった。
掃除されない部屋だからか、上の方を探せば比較的、新しい物を探し出しやすい。
これは例の資料だ。
市長から頼まれている研究内容の……
は?
なんだこれは……
ヴィトリフィエ病は呪い? 太古の? 竜を滅ぼした呪いだって?
それを流用してている?
なんだ、これは…… おとぎ話か?
その呪いを用いて、生物を特殊なガラス化には奇跡的に成功…… でも、実験自体は失敗した?
ガラス化する対象を選べない?
無作為にあふれ出た呪いが、この都市の生きる者に降りかかるだって?
けれど、新たなネールガラスを作り出すには、それしか方法がないから、市長はその呪いをそのままにしている、だと?
呪いの再現性はもうできないかもしれない…… から……
生物を、竜さえもガラス化させる呪い?
そんなものが、呪いだなんてものが、本当に存在するのか?
待て…… なんなんだ、この続きは。
その呪いを利用しようとしたのは…… 市長自身だって?
市長が、デビッド・ペレスが、聖サクレの遠い子孫…… だから、不完全ながらにも呪いを操れた?
何だ、何なんだ、この資料は?
こんなもの信じろって、言うのか?
いや、市長が何者かだなんてどうもいい。
つまり、このグランヴィル市に、ヴィトリフィエ病を流行らせたのは市長だっていうのか?
市長がその呪いとやらを使い、新しいネールガラスを作ろうとして……
その結果、シャンタルを殺したというのか?
なんだ、これは? どういうことなんだよ。
この資料に書かれている事は本当の事なのか?
ヴィトリフィエ病は市長がネールガラスを作るために流行らせた呪いだって言うのかよ……
ハハ、ハハハハハハハハハハッ……
そんな物の為にシャンタルは犠牲になったのか?
それにシモ親方も噛んでいるっていうのか?
ふざけるな、ふざけるなよ!!
なんだ、これは……
なんなんだよ。
許さない……
絶対に許さないぞ……
市長も親方も……
絶対に許さないからな。