は?陽向と、高橋さんなんて、面識ねぇーだろ?
なんで?
邪魔だ!というように腕を思い切り振り解かれて、力が抜けた瞬間にどんっと胸を押され、みっともなく尻餅をついた。くっそぉ、だ、だせぇ。陽向の前でこんなだせー姿。最悪だ。
高橋さんはじろじろと陽向の顔を覗き始めた。やめろ、近づくな!逃げろ、陽向!!
「ふーん、まぁ、女と間違うくれー綺麗な顔してんな。みんな惚れるわけだ。それは認めるわ。でもよ?ひなたくん。それ武器にしてんだか?何目的かわかんねーけどよ、あっちこっちで、男たぶらかしてんのは、お兄さん、ちょっとどーかと思うわけよ。うちの大事な従業員と、お客様、股かけられて、店全体が巻き込まれるのは超迷惑なんでね、今後、うち出禁にするから。二度とこないでくれる?」
「……っは!?」
「……っえ……た、たぶ、え?で、きん?……?」
こ、こいつ、陽向に何言ってやがんだ!?
陽向をなんだと思ってる!?
頭に血が上りすぎて、言葉が出てこない。
どこに力を入れたら良いのか分からず、立ち上がるのがやっとだった。
俺の前に立ちはだかる高橋さんをぶん殴ってしまおうか。いや、まず、なんでこいつはこんな事を!?
「ってわけだ。何か、言いたい事ありますか?……なきゃ、秋斗、行くぞ。仕事まだ残ってる。……いい加減、未練たらたらしてねーで、次いこうぜ、次。」
……っあ……?
ま、まさか……
そうだ……。そっか、
やべ。俺、高橋さんに陽向とのこと言ってねーから
山本様が来店した時のままで、情報止まってんだ。
っても陽向になんてこと言いやがる。
ポンッと強く肩を叩かれた手を振り払って、
急いで陽向のそばに駆け寄ると陽向は俯いて、目には今にも溢れそうな涙が溜まっていた。
くそ、ごめんごめん。
「っ高橋さん、すみません、俺が、俺が悪いっす」
「なぁ、未練あんのはわかるけどさ、やめときな。地獄だぞ?何股ってさ……こんな恋愛ごっこのために俺、秋斗にアドバイスしてたわけじゃねーぞ?」
高橋さんが呆れた顔をして、胸の内ポケットから電子タバコを取り出す。
今までに見た事のない、それこそ、料理に真剣になっている時に似た表情で俺たちをギッと睨むように見てくる。
陽向の冷えきった指先をギュッと握る。
大丈夫だよ。というように、何度もぎゅ、ぎゅっと握り締めた。
「俺たち、付き合ってるんです。」
「だーかーら!!それがたぶらかされてるってんだろ?」
そういうと、渋い顔のまま電子タバコを思い切り吸い混んだ高橋さん。
はぁーー、とため息なのか、タバコの煙なのかわからないものを吐き出した。
「違うんです!俺ら、色々と勘違いしていて……その、高橋さんにも迷惑かけてしまったのは、申し訳なかったです。でも、山本様と陽向も、その日に会ったばっかで、たまたま来ただけで……」
「は?たまたまってありえねぇだろ?たまたま会って、わざわざウチの店くるか?そこおかしくね?お前、騙されてるってわかんねーのか?また、びーびー泣くことになんぞ!?それとも何か?お前弱みでも握られてんのか!?」
陽向のことを何にもしらねーくせに、好き勝手言いやがって、
くそ、でも、でも、高橋さんの言ってんのも、もっともだ。今までの俺を知っていて、陽向に関することで、ボロボロになっている姿も見せてしまっていた、俺のせいだ。
陽向が俺の指をそっと振り解こうとする。
ダメだ。絶対に離さない。ぎゅっと手のひらごとにぎりしめて、指の間に指を絡めた。
「あ、あのっ、……全部俺の、せいなんです。」
はぁっ、と大きく息を吸うと、マフラーを空いた手で首まで引き下げ、陽向が敵に立ち向かうかのように一歩前へ進み出た。……陽向?大丈夫、か?
「あの、秋斗さんに、彼氏さんがいるって、勝手に勘違いして、さよならして、会わないって勝手に、決めて、でも、ずっと秋斗さんが好きで!……それで、山本さんには、この辛い好きな気持ちをどうにかして聞いて欲しくて、それで、あの日、お会いしたんです。お店に行ったのは、本当にたまたまで、秋斗さんが、いるなんて、びっくりしすぎて……っあの、俺、やっぱり、秋斗さんのこと、好きで好きで……。高橋さんにまで、ご迷惑をお掛けしてしまっていたこと、本当にすみませんでした。……でも、お、おれ!弱みとか、そのっ、た、っぶ、らかすとか!そんなこと、決してないです!!俺、秋斗さんだけが、好きで、あの、初めても、全部、あの、えっと、えっ、な、なに言ってるんだ、俺……だ、だから」
じわっと汗ばんでくる陽向の手のひらを、親指で優しく擦る。
陽向、本当に陽向の方がしっかりしてる。肝も座ってる。
いつも、俺、陽向に救われてばっかりだ。
そんな芯の通った、強さも、好きだ。
「俺も、陽向が好きって気持ち、高橋さんに気がつかせてもらえたこと、感謝してます。俺が人に無関心だったばかりに、陽向だけでなく、高橋さんにまで、迷惑かけてました。でも、これからは、陽向のために、ちゃんと生きてこうって、思ってます。だから、その、認めてってのは違うんですけど、その、俺らは遠回りしすぎたけど、ちゃんと、気持ち一緒で……」
ガチャン!!
話の途中でフェンスの取手の金具がぶつかり大きな音が鳴った。
驚いて陽向と顔を見合わせる。
陽向が不安そうな目で俺を見つめてきた。
なんとしても守らなくては、この存在を。
もう一度、高橋さんの方へ向き直す。
そこにはさっきとは打って変わった、いつも以上ににやにやとした表情の高橋さんが、ライトに照らされていて、とてつもなく気味悪かった。
「ぶっ……っ!はははっ!!似た者同士でお似合いだぜーお前さん達。俺にノロケ大会してどーすんだか!ま……、2人がちゃんとわかりあってんなら、いーんじゃねーの?まぁ、秋斗の最近のにまにまだらしねー顔見て、わかってはいたけどよ?一応、俺も巻き込まれたのに、なーーーんも報告してもこねぇ秋斗へのイジワルだ!ひなたくんが本当にビッチなのかはとりあえずカマかけさせてもらったけどさ。ひなたくん!イジワルしちゃってごめんねーぇ! ほい、いつまでもノロケあってねーで、早く中入れ。秋斗はとっとと仕事しやがれ!」
そう言い残すと、ゲラゲラと笑いながら、従業員入り口のセキュリティを指先で解除して、
何事も無かったかのように店へと戻っていった。
しばらくの沈黙が俺たちの間に流れた。
目をまん丸くして俺の方を心配そうに見てくる陽向。
はぁ、最悪。陽向をこんなことに巻き込んでしまうなんて。
もう、陽向に高橋さん近づけんのやめとこ。陽向に変な事吹き込みそうだもんな、あの人。
「ごめん、陽向。あーいう人なんだよ、高橋さん。ほら、前、陽向が彼氏疑惑?とかで高橋さんの事言ってたとき、ゲロ吐きそーって言ってた意味、わかってくれた?」
「あ、えと、す、すごい、あの、頭、良さそうな人ですね、きっと、色々、あの……」
陽向が必死に良い言葉を捻り出そうとしてるのがわかって、噴き出してしまった。
「いーのいーの!性格ひんまがってんだろ?あの人。ま、あんなんで、仕事は超出来るから、無下にもできなくて、困ってんの。まぁ、その、色々、相談のってもらっちゃったのは確かだからさ。……ほら、行こう、陽向。あったかいホットチョコレートでも出すからさ。」
「ホットチョコレート!?!?わぁっ!っえ、でも、あの、待てるので、だ、大丈夫で、す!」
ホットチョコレートでキラキラ目を輝かせたくせに、遠慮して後退りしていく陽向の冷え切った手のひらをぎゅっと握りしめる。
陽向の顔をじっと覗き込んだ。
「なぁ、……あのさ、……会いにきてくれて、すげー、嬉しい。」
恋ってすげぇ。こんな、ドラマとかでしか聞いた事ないセリフのような言葉が、自分の口から溢れ出てくる。
じゅわっと顔に一気に血が集まるのがわかった。
でも、こんな寒い中、会いにきて、待っていてくれた陽向が可愛すぎる、嬉しすぎる。
「……えと、お、俺も、会えて、すごく、嬉しい、です……」
合わさっていた目線をキョロキョロと彷徨わせながら、ぽつっと伝えてくれた。
そう言うと繋いだ手を遠慮がちに外されて、首に下げていたマフラーでまた顔を半分隠してしまった。
照れてるんだ。可愛い。
ぽんぽん、とマフラーでふわっとなった髪の毛にそっと触れた後、陽向の手を引いて店の中へと連れて行った。