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第80話 初めての…①〜side陽向〜

ポフっ!!!


まだ洗った髪が乾ききっていないけれど、

ドライヤー中、立っているのも億劫になって、ベッドへと倒れ込んだ。



はぁ……。まだ23日かぁ。

世間は間も無く訪れるクリスマスで昼も夜もキラキラと輝いていて、人々の足取りも軽い。

きっとプレゼントであろう袋を大切そうに抱えて店に入ってきて、時間を何度も確認しながらコーヒーを飲みにきている人も何人もいた。



秋斗さんと付き合えることになった12月10日。その日から一度も会えていない。

秋斗さんの店も超繁忙期。俺の職場もクリスマスイベントの最後の追い上げだ。

仕方ないよな、飲食の宿命だ。


SNSで上げてくれたお客様のおかげで、今年はかなり全体的に売れ行きがよくて、毎日ベーグルやお菓子作りに追われている。作っても作ってもすぐにSOLDOUTしてしまうので、みんな嬉しい悲鳴をあげながら仕込み、仕上げ、ラッピング、販売、と狭いキッチンスペースでほぼ全員とオーブン2台がフル稼働している。


ベッドに寝転びながらパンパンになった足をマッサージする。……疲れた。

……はぁ、

……会いたい、な。秋斗さん……。


次に会えるのは30日と言っていた。

その日は俺が仕事だから、会えても夜からだ。

……あと、1週間も、あるよ。

会いたい、会いたいなぁ。


枕元に投げてあったスマホを手繰り寄せる。

画面をつけてみるが、22:28と時刻を知らせるだけで、欲しかった通知は来ていなかった。

ぽいっとまた枕の方へスマホを転がすとうつ伏せになった。


秋斗さんも相当ハードなようで、「お疲れ、陽向。仕事おわったよ。陽向はもう寝てる?」

と入るメッセージはいつも日付が変わる頃だ。

絶対に寝ないで、お疲れ様するぞ!!!

と思っているのに、ここ2日間、まさかの寝落ちをしてしまって、朝に慌てて返信するという失態をしてしまった。


今日こそ!ちゃんと起きておこう!!

ぐいっと身体を腕の力で持ち上げる。

眠らないようにホットカフェオレでも飲もう!

秋斗さんも頑張っているのに、俺だけ寝てるわけにはいかないっ!!


そう決意して、キッチンへと向かった。





―――

ピピピピピピ!ピピピピピピ!ピピピピ……

ん……、

アラーム?

ん……?

え……


うわあっ!!!!!!

朝っ!?!?


嘘、うそっ、嘘でしょ!?

急いで飛び起きたせいで頭がふらぁっとする。


まだぼやける視界で、慌ててスマホを確認する。


8:00

メッセージ通知3件

……う、嘘だろぉ。

なんで、

なんで寝ちゃったんだよ、俺ぇ。


ベッドのそばに置かれているローテーブルには、半分飲みかけのカフェオレがすっかり冷えて、ミルクの膜が浮いて、マグカップにこびりついていた。


恐る恐る通知をタップする。


23:15『陽向お疲れー仕事終わったよ。今日もハードだったわ。陽向はどうだった?これから帰る』

23:42『ただいまー、陽向、寝ちゃってるかな?陽向も忙しいよな。身体ゆっくり休めて、体調崩さないようにな。』

0:20『おやすみ。寝てるのに何度もごめんな。うるさかったら言ってな。また明日も頑張ろうな。あと1週間踏ん張れば陽向に会えると思ったら、頑張れる』



あーあーあーあーあーあー!!!!!

もう!もう!!!

せっかく秋斗さんがメッセージくれてんのに!

なんで寝てんだよ俺ー!!!

3日連続で秋斗さんからのメッセージに気が付かず寝落ちしてしまっている。そんな自分が嫌すぎてじわっと涙が浮かんでくる。


はぁ。もう、何してんの、俺。


掛け布団の中に丸まってじわじわ浮かんでくる涙をパジャマの袖に吸い込ませた。


ピコン!

「……ん?誰?秋斗さんはまだ、寝てるよね?」

握りしめていたスマホを、布団の暗闇中でそっと点ける。


『ひなお仕事頑張ってる?寒いけど風邪ひいたりしてないかな? 年末年始はいつからいつまで帰って来れるー?ひなの大好きなおせち沢山用意しておくね!っていってもお店で頼んだやつだけどー(笑)パパとこの前ネットで探して、ひなの推しの黒豆と伊達巻きは色んなメーカーの買ったから食べ比べしようね!お雑煮はママが作るね!お餅も沢山買う予定だから、おしるこにもできるようにあんこも用意しておきます!! 20歳もこえて、少しはお酒飲めるようになったかな?美味しい日本酒取り寄せてるからね。パパママも楽しみに待ってるから、帰って来れる日にちだけ教えて♡』


……でた、母さんの長文……。

まぁ、むやみやたらに電話してこなくなったのは、良いけどさ、

定期的な長文。どーにかなんないかなぁ。

いつまで子離れできないんだか。


っても、年末年始家にいてもやる事ないから、

おせち食べに帰ろ。

黒豆に伊達巻き……おしるこも楽しみすぎるっ!!


『おはよ。風邪ひいてないよ。31〜3まで帰る。4からは仕事だから。』


帰るっても、駅3つ分、車でも30分くらいの隣の市に住んでるんだけどな。


ピコン!

『わーい!!!じゃあ31日楽しみに待ってるねっ!パパも隣で、ひなと釣りに行くぞーって喜んでるよー!いつも頑張り屋さんのひな。年末年始は家でゆっくりのんびりしてね』


釣りぃ!?寒いからやだよ。対して釣れないし。買って食べた方が早いのに……。帰ったら断固反対しよ。


スマホの明かりを消して立ち上がってのびをすると、身体のあちこちがぽきっと鳴った。


さて、ご飯食べて、今日もがんばろ!

俺にはクリスマスイブなんて関係ない!仕事、仕事だ!!

今日は10時出勤だけど、早めに行って仕込みの手伝いしよ。


昨晩から放置されていたカフェオレをシンクへと流した。









――――――



9:00『陽向、おはよう。もう起きてるよな?今日10時からだっけ?』

9:25『陽向、大丈夫?連絡ないから心配してる。俺も仕事行ってくるな。何かあったらメッセージでも、出れないかもだけど、電話でもしてな。」



すうっと目の前が真っ暗になった。


……お、おれ……!

俺、何してんの……ほんとに、もう!!!

14:30昼のピークが、ひと段落して、バックヤードにちらっと見たスマホに入っていたメッセージを見て飛び跳ね、一気に血の気が引いた。


昨日から、まさかの、まさかの既読スルーしていた……大切な秋斗さんからのメッセージ。

……もう、母さんのせいだ!

あんな長文よこすから!!


罪のない母さんに罪を着せでもしないと、自分のありえない失態を受け入れられそうになかった。


大急ぎで秋斗さんへ、連絡を返さなかったお詫びと、お仕事頑張って下さいと打ち込み送信する。

ごめんなさい、ごめんなさい。秋斗さん!

スマホをおでこにぶつけて、スマホ越しに秋斗さんへ謝る。

最悪じゃん、恋人からのメッセージスルーするなんて。

こ、恋人……。恋人……なんだよなぁ。

へへっ、へへへっ。


勝手に上がってしまう頬を手動で引き下げた。


「おっ、ひなちゃん!お疲れー!ごめんね、私、今日早上がりさせてもらって……」

仕事終わりの長谷川さんが、パソコンを開きながら売り上げ確認を始める。

「いえいえ、今日忙しいのはランチまででしょうし。夜はみんなディナーとか、パーティとかですもんね」

ランチバックから、朝握ってきた塩昆布おにぎりを2つ、保温のスープジャーを取り出した。

「今日のスープはなになにー?」

「あ、えと、豚汁に……」

スープジャーの蓋をそっと開けると、まだほかほかと湯気が立ち上がった。

「わーー!!美味しそっ!さすがひなちゃん!ね、今度料理なにか教えて!」

「え、俺……そんな、人に教えられるほどじゃないっす。独学でテキトーだし……」

そっと手で豚汁を隠しながら、おにぎりのラップをゆっくり外していく。

「ふぅーーーん、カレピに手料理作ってポイント稼ごうって!?」

突然俺と長谷川さん以外の声が聞こえて、驚いて顔を上げると、怒ったような、ふてくされたような顔の二宮さんがバックヤードの入り口に腕を組んで立っていた。


「くそーーーー!!!いいなぁ!付き合いたてラブラブの時期ー!!羨ましいっーくっそーーー!!!これからデートなんだろー!?ああああーなんで私には誰も声かけてこないんだぁーー!!!」

長谷川さんの背中をバンバンと叩きながら、二宮さんが今度は泣きそうな表情になる。

「あのっ、長谷川さん、彼氏さん、できたんですか?」

「えへへーそーなのぉー!この前のさ、研修という名の飲み会でー、他店舗の社員さんに声かけられてーそのまま意気投合してーまだ付き合って10日ちょっとなんだけどさぁ、クリスマスっていうビッグイベントがすぐあるなんて、最高だよねぇーーでへへへー」


わぁ、じゃ、じゃあ、俺と秋斗さんが付き合ったのと同じくらいだ……

何だか勝手に仲間意識が芽生えちゃうなぁ。

「いいよなぁーー、長谷川ちゃん毎日カレピに会ってるんだってよ!もうすでにお互いの家にお泊まり済みって!もー早いわよねぇーえっちぃー!いやだわぁーもー」

「ちょっ!二宮ちゃんっ!ひなちゃんの前でやめてくれる?そんな下トーク!てか、ぶっちゃけもうねー、25ちゃいの大人の恋愛なんてそんなもんよ!重要なのは、身体の相性っ!」

「ぎゃー!真っ昼間からナニいっちゃってんのー!もー!柳瀬くんほら!ドン引きしてるじゃん!もー!!!」


そっかぁ、毎日会ってるんだ。いいなぁ。いいなぁ。

お泊まりかぁ。俺、秋斗さんとしたことないや。

秋斗さん家に行ったのも、

あの、さよならした時だったし……。ウチに寄って欲しいと言った時も、ドアの前で秋斗さん帰っちゃったし。

身体の、相性かぁ……俺たちって、どうだったんだろう……俺は……俺は、すごく、気持ちよく、してもらってたけど……

はぁ。

もっと、ずっと、一緒にいたい。


「あの……」

「な、なに?ひなちゃん……う、うるさかった?ごめん、浮かれ過ぎだったね……」

長谷川さんがキャップを外して、クルンと束ねていたお団子を解く。女の子らしいお花みたいな髪の毛の匂いがふわりと香ってきた。

「い、いや、あの、好きな人に、全然……会えない時、会いたいのに……どうしたら、いいのかなって。連絡も嬉しいけど、でも、会いたい。でも、仕事、すごく、忙しくて……迷惑かけたく、ないし……」

「……!?」

「!!」

長谷川さんと二宮さんが口を抑えながら向き合っている。

あれ……俺、何言ってんだろ。バカ。

秋斗さんとのこと、二人にあの居酒屋で相談して以降、何も触れてなかったから……違う好きな人できたって思われちゃったかな?

ちゃんと、2人には説明した方がいいよね。でも、今度ゆっくりな時がいいか。


その瞬間なぜかハイタッチして抱き合っている二人。

ん?やっぱり仲良しだ。


「柳瀬くん!!!そっか、そうだったんだね、やっぱり!!うん、うん!!よかった!よかったよ、ホント!」

「ひなちゃーーーん!うんうん、今度、ちゃんとじっくり聞かせてよ?ね!!!」


二人に手をぎゅっと握られて、何が何だかよくわからない。

「え、あの、えっと、は、はい」

「ひなちゃん?会いたいのに会えない!?違う違う!!!!会いたいなら会いに行く!!遠距離なわけじゃないんでしょ?なら忙しいなら5分でも10分でもいいじゃん!仕事終わりの一瞬でも!スマホの文字で愛を何回もやり取りするより、生身の人間に会って、5分でもいいから話して、ちょっとギュッてしてもらうだけで、満たされるんだよ!これマジだから!」

長谷川さんが俺の肩を掴んで、時々ゆさぶりながらアドバイスをくれる。

ちょ、ちょっと掴まれた所が痛い……でも、すごく良いこと聞いた。


「そっか、5分でも、会えたら嬉しいですもんね、……そっか、そうだ……」

「そうそう!!長谷川ちゃんの言う通りと思う!特に柳瀬くんは料理上手なんだからさ、それを活かして、彼氏のために手作りの物あげたりしたら……泣いて喜んでくれるんじゃないー?」

……そっか、そうだ!疲れてる秋斗さんのために、何か作っていってあげよう。うん!うん!!!


「二宮ちゃん!しれっと彼氏とか言わないのっ、もー!」

「あっ!やば、言ってた?あ、もう仕事戻らないと!柳瀬くん、休憩中邪魔しちゃってごめんね!長谷川ちゃんは素敵なクリスマスイブをー!お疲れぇー」


バタバタと嵐のようにバックヤードを盛り上げて去っていった二宮さん。

今度、色々と相談のってもらったお礼、しなきゃなぁ。

ラップをはがしたままだった塩昆布おにぎりにかじりつく。

うん、何か秋斗さんが元気になるもの……

お肉、とか?

今日の帰り、スーパー寄って考えよう!


小さなカバンから手鏡とリップを取り出して、メイク直しっていうのかな? それをしている長谷川さんが、パタン!!と手鏡を閉じた。

「それじゃ、私上がるねっ!あとさ、会いに行くなら、サプライズに限るよー!相手がびっくりして、喜んでくれるともう幸せーってなるよ!お試しあれっ!じゃ、ひなちゃん、お疲れぇー!頑張ってね!」

「あっ、お疲れ様、ですー」


そっか、サプライズかぁ。

お店の場所わかるもんな、この前行って。

やってみちゃおうかな?

でも、迷惑がられないかな、それがちょっと心配だけど……

でもあと1週間も会えないのは寂しいし。

明日、クリスマスだから、仕事後に行ってみよう!!

寝落ちしちゃったことも、既読スルーしちゃったことも、直接謝りたいし。


よし、明日、クリスマスだし、会いに、行ってみよう。

秋斗さん、喜んでくれると、いいんだけどな。


ずずっ。

まだほんのりあったかい豚汁がほかほかと身体を温めてくれた。


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