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第81話 初めての…②〜side陽向〜


――――――――――



よしっ、

昨日帰ってから仕込んでおいて、さっき仕上げたローストビーフを入れたタッパーと

家に帰ってから焼き上げ、熱の取れたクッキー。

クリスマスの絵柄がついている透明な袋にラッピングしてみた。

甘いの苦手な秋斗さん用の、甘さ控えめクッキーだ。

試食してみたけれど、甘いの好きな俺には物足りなかったけれど、ブラックコーヒーの好きな秋斗さんにはちょうどよいかもしれない。


その二つを

紙袋の底にそっと入れる。

あとは……

忘れ物ないかな……?

……あっ!!!


ガタガタっ。

クローゼットの1番上の引き出しを開け、

ずっとしまい込んでいた大切な物をそっとコートのポケットへ入れ、ローテーブルに置いたままだったスマホを手に取る。


21:35……よし、いこっかな。

玄関の姿見にマフラーを巻いてコートでもこもこと膨れた自分の姿が映る。

日付が変わる前に会えるといいんだけどな。

突然行って、迷惑がられないかな……喜んで、くれるといいなぁ。



仕事終わりで疲れているはずなのに、今日はなんだか足が、身体全体がふわりと軽い。

好きな人に会いに行くって、わくわくするなぁ。

あぁ、久しぶりの秋斗さん、

ぎゅってしてもらって、き、キスとか……?


うわぁぁぁぁーーーーー!!

キス……キス……ど、どうしよう!!!

あ、まって、リップ、リップ塗っといた方がいいよね、

カサカサじゃ、やばいし!


ガタガタっ

一度履いた靴を脱いで、リップを取りに洗面台へ戻る。


キス……

したいなぁ。

そしたら1週間、それだけで頑張れるんだけどなぁ。

秋斗さんの唇の感触、どんなかな…?

鏡に映った自分の唇をそっと撫でる。


勝手に想像した秋斗さんの唇でじわっと身体の奥が熱くなってきた。顔がぽっぽっと熱を持つ。

や、やば。

俺、変態みたい、

ふぅ、落ち着け落ち着けっ。


赤く染まった頬をペチペチと叩き、

リップの蓋をカチンと閉める。


これも持ってこ。

大切な物が入っているのとは反対のポケットにリップをしまった。






通り過ぎる人もまばらな田◯駅。もうすぐ22時だ。

みんな家でパーティでもしている時間かな?

山本さんと以前通った道を思い出しながら歩く。

人に連れて行ってもらうのと、自分で行くのでは見える景色が違って、ドキドキする。

あ、ここの和菓子屋さんの大福、おいしかったなぁ。

また、買いにこようかな。

秋斗さん、和菓子って食べるのかなぁ?でも、甘いの無理って言ってたから……だめかなぁ?一緒に行って欲しいなぁ。

そんなことを思いながら

もう人の気配がすっかり無く、電気も消えて真っ暗な和菓子屋さんの前を通り過ぎる。


スマホでマップをみながら、5分も歩かないうちに

trattorì SHIRAISHIの白い外壁が見えてきた。

「あ、ここだ。」

店の明かりはまだ点いていて、中に人の気配がする。

すぐそばに大好きな人がいると思うと、身体がぐっと熱くなった。

秋斗さん、頑張れっ……!

入り口の木のドアに向かってそっと応援する。


ドア付近に立っていたら変な客と間違われてしまうかな……裏口とか、従業員の入り口とか、ないかな?

辺りをキョロキョロ見回しながら店の裏側へとそっと回った。

あ、ここっぽい!店の裏側には白っぽいフェンスが店の裏側を隠すように囲われていた。

きっと従業員の人はここから出入りするんだろう。

はぁ、

秋斗さん……早く、あいたいなぁ。


街灯の明かりから少しずれた所にある、電信柱にそっと寄りかかる。

秋斗さん、秋斗さん。

外はぴりっと肌を突き刺す風が吹いているけれど、

もうすぐで秋斗さんに会えるかと思ったら、全然気にならなかった。



どれくらい待ったかな……。

ずっと立っているのも退屈だから、電子マンガでも読もうかな?

でも、秋斗さん頑張ってるからなぁ。

なんだか変な罪悪感を感じてしまう。

トートバッグからスマホを取り出した。22:30……

いつも秋斗さん、終わったよのメッセージくれるの、23時ころだから、あと少しかな。

さすがに手足の感覚がなくなってきた。

頬も、せっかくリップを塗った唇も氷のように冷たくなってしまった。

マフラーを鼻の所まで引き上げると、少しぬくぬくと温かった。


やっぱり、ちゃんと待ってよう。秋斗さんもハードな仕事、ずっと頑張ってるんだから。


ポケットから大事な物を取り出す。

これ……秋斗さんに、つけてもらうんだ。

お揃いで。……ふふ、これが秋斗さんからの初プレゼントだもんなぁ、嬉しい。絶対一生大事にする。

街灯の明かりを頼りにキラっと光を反射するケースをそっと撫でる。

ガジャン!!!!


突然大きな音がして、慌ててケースをポケットにしまい込んだ。

フェンスの扉が開き、白いコックコートを着た従業員の方がこっちに向かって歩いてきた。

やば、

反射的に隠れようとするけれど隠れられる場所は……電信柱の後ろくらいしか無かった。

おろおろと電信柱の周りをうろうろする。これじゃ、完全な変質者だ。

どうしよう、気が付かれませんように……

そっと電信柱の後ろへ身を隠すようにするが、全然俺を隠してはくれていない。


「っあーーー、疲れたーーー……っうおっ!!幽霊かと思った、君、何?誰待ち?」

俺の前を通り過ぎるのを期待したが、直前で気が付かれてしまった。

や、やっぱりな……せめて、変質者として通報されたりしないようにしないと!


「あっ!いえ、あの、大丈夫です。すみませんっ」

「ふーん?」

ど、どうしよ、変な人と思われてる、よね?

どうしよう、走って逃げた方がいい?

それとも、秋斗さんを待っている事、言った方がいい?

おろおろとする俺をチラッと見ると、その従業員は「あーさみぃー」と俺なんて興味なさそうにどこかへ向かって歩いて行ってしまった。


はぁ……焦った。

そうだよね、秋斗さん以外の従業員さんもいるもんね……。や、やっぱり駅の所で待ってようかな?こんな風に店の所で待たれたら、気味悪いよね、うん。


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