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第85話 初めての…⑤〜side陽向〜

プリントとか、ファイルとか、

栄養ドリンクの瓶やゼリー飲料でごちゃごちゃっとした机の上を端っこに寄せてくれて、

秋斗さんがパイプ椅子を更衣室から出してくれた。

「ごめん、こんな汚いとこだけど……座ってて。ホットチョコ持ってくるから。」

と白いスライドドアを開けて店の中へ行ってしまった。


事務所の中にぽつんと1人残されてしまい、落ち着かない。大事な紙袋を抱えたまま、パイプ椅子に軽く腰掛けた。


スッーーー。

静かな音を立てて、高橋さんが事務所に入ってきた。

「ひなたちゃーーん!ごめんねぇーさっきはイジワルしちゃって!これ、残り物でわりーんだけど、クリスマス限定ティラミス。良かったら食って待っててな?」


高橋さんの手に乗せられている白い四角の皿。

そこにはさらさらとした細かいココアパウダー、

マスカルポーネのふんわりとした白いムース、

じゅわっとコーヒーが染み込んでいるであろうしっとりとしたスポンジの層の断面がとても綺麗なティラミスが輝いて見えた。

そのティラミスの真ん中に乗せられた

白い小さな四角いチョコには、Merry Christmas!

と書かれていて、チョコの隣には鮮やかなベリーとミントの飾りがクリスマスっぽさを演出している。


「う、うわぁ!いいんですか?え、すごいオシャレ……美味しそう」

「食って食って!ドルチェは当日でもう廃棄になっちゃうからさ。捨てちまうより食ってもらえたら嬉しいわ。」

高橋さんはそういうと、デザート用のフォークを皿に優しく添えた。

「それじゃあ、遠慮なく、頂きますね……ん、ん!!!んんーーーーー!!!おいしぃーー!ほろ苦さと、ムースの甘さが、すっごくマッチしていて!んん!!いくらでも食べられますっこれ!!美味しいーー!」

さっきまで寒くて固まっていた顔が

ティラミスの美味しさでとろとろととろけていってしまう。

「これも、高橋さんが作っているんですか!?」

「ん、まぁな。いちおーシェフなもんで。そんなに喜んでもらえて、ティラミスも嬉しいだろうなぁ。食べてくれてサンキュー!んじゃ、仕込みまだあるから、俺はこれで戻るわ。ま、今度、秋斗との馴れ初め聞かせてなぁー!秋斗ぜってーいわなそうだからなぁ!ははっ!」


そういうとひらひらと手を振って、厨房へと戻って行った。

お、面白い人……。でもこれは、俺の人生で食べたティラミスの中で1番美味い。お世辞抜きで。

秋斗さんも、仕事できるって褒めてたもんなぁー。


ティラミスがもったいなさすぎて、ちびり、ちびりと角から少しずつ削り取って、ゆっくりと口の中で溶かしていった。

んんんー、幸せぇ。

ティラミスを満喫していると

ぶっ!

吹き出すような声が聞こえて、慌てて顔を元に戻す。

「ふふっ、うまい?良かったな。まぁ、これくらい出して当たり前だわな。人のこと試すようなことしやがって」

ことっ。

秋斗さんが持ってきてくれた、ふわっと湯気の立つホットチョコレートがテーブルに置かれた。

真ん中にふわりと浮いているホイップクリームの島に小さなカラフルなマシュマロがころころと飾られている。

見た目も可愛いし……

ふわりと湯気にのって甘い香りがして、鼻から溶けていきそうだ。


「ありがとうございます!うわぁぁーー美味しそ……俺、糖分摂りすぎですかね?こんな夜に……太るかなぁ」

「ははっ、いまさら。大丈夫、太っても陽向はぜってー可愛いから」

「……!」

秋斗さんからそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかったので、驚いて顔を上げる。

目が合う瞬間、ばっと顔を逸らされてしまった。

「っまぁ、それ飲んで、食って、まってて。あと、30分もしないで終われるから……な。」

秋斗さんは、そのまま俺に目を合わせてくれずに、店に戻って行ってしまった。

でも、知ってるんだ。

秋斗さんの耳が真っ赤になってたこと。

ふふっ、秋斗さん、照れるとすぐ耳が赤くなるんだよね。

普段はかっこいいんだけど、そんな所が可愛いって思っちゃう。

ふーふー、ふーふー、ずっ。

んんんんっ!!!

あまぁーい!……あぁ、なんて幸せなクリスマスなんだろ。

はぁ、俺ってば、幸せすぎる……。





秋斗さんと家のある花◯駅に戻った時にはもう日付が変わりそうになっていた。

「あの、今日はっ、あり……」

「家まで、送る。」

いつもの柱の所でお礼とおやすみなさい、を言おうとしたら、秋斗さんが嬉しい事を言ってくれた。

あと15分ちょっと、一緒にいられる……嬉しいな。


電車の中はさすがに手を離したけれど、

また改札を出てからは優しく手を繋いでくれた。


「秋斗さん、お仕事後で疲れてるのに、遠回りさせてしまって、すみません。」

「違う……俺が、まだ、陽向と、いたい……から……」

ぽつりと嬉しい言葉が降ってきて、嬉し過ぎてそっと秋斗さんの腕に擦り寄った。


秋斗さんが、かなりゆっくりゆっくり歩いてくれている。

一緒にいたいって思ってもらえるなんて……。

幸せだ。

勇気出して、会いに行って、良かった。


ぽつり、ぽつりと最近の仕事の話をしたり、メッセージを返さないで寝落ちしてしまったことを謝ったり……

秋斗さんも会いたいって思ってくれていたことがわかったり……

ゆっくりと歩いていたのに、楽しい時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。

俺のアパートが見えてきてしまった。


アパート階段の登り口のポスト前で、秋斗さんの足が止まってしまった。

あぁ、もう、さよならか……。


そうだっ!紙袋!俺持ったままだった。

「あのっ!これ……クリスマスプレゼント?っていうには、そのなんだか、しょぼいんですけど……秋斗さんが、お仕事で疲れてると思うから、少しでも力になれたらって……あの、作ったんです……」

「えっ?俺に……?」

3時間近く握りしめていたため、取手部分がふにゃふにゃになってしまった紙袋を秋斗さんへ差し出す。


その紙袋を受け取ってくれた秋斗さんが、紙袋の中を覗き込むと、

「うわ……やべ」

ふらっとその場に座り込んでしまった。

「え……」

やばい……?引かれてしまった……かな。きもいよね、こんな手作りとか、もらっても……



秋斗さんがゆらっと立ち上がった……その瞬間、視界が真っ暗になって、一気に秋斗さんの香りで包まれた。

背中と腰回された腕にどんどん力が入り、俺と秋斗さんとの距離を無くしていく。



「やっべ……泣きそうになったわ。……陽向、ほんと、ありがとう。俺、嬉しすぎて、やばい」

!……良かった、喜んでくれてる……!

「秋斗さん、俺も、秋斗さんに会えただけで、本当に、嬉しくて、胸がぎゅってなって、幸せな気持ち、です。へへっ」


もこもこのダウンジャケットから顔を上げると、

秋斗さんの温かい手のひらでそっと前髪を優しく掻き上げられた。

その瞬間、

おでこに、身に覚えのある、柔らかい感触が吸い付いてきて、ちゅっ、と音を立て、離れていった。

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