え……?
その人が俺の左側を通り過ぎた後に、つんのめったようなバタバタッと、足音がして、そのまま止まった。
「陽向!!!!」
やっぱり、やっぱりだ!
振り向くと足音はやっぱり大好きな人の物だった。
「はぁ、はっ、おかえり、陽向!今帰って、来てたんだな」
「秋斗さん!ただいま、です。……すごく、急いでるけど……どこへ……?」
秋斗さんが肩で息をしながら、俺のそばに来てくれた。
あ、こんなして、話してたら、時間、間に合わなくなっちゃうんじゃないかな……?
「って、急いでますよね、じゃあ、あの、これで。
あ、そうだ!あ、あけましておめでとうございますっ、」
「……っ、陽向、一緒に行こう!」
え?
と思う間も無く、手を引かれて改札までまた戻ってきた。
「え、えっ……秋斗さん、ど、どこへ?……あ、はつもうで?」
「初詣……?ははっ、そういや、行ってないわ。いや、頼んでたもんが出来たっていうからさ、早く取りに行きたくて。……別に、時間に追われてるとかじゃないから。」
「なにこれ、めっちゃ重そうじゃん。」
と肩にかけていたトートバッグをひょいっと持ってくれた。
会いたいなって思ってたら会えちゃった……
これって運命ってやつじゃないのかな?
へへへっ、嬉しいな。
って、秋斗さん、どこ行くんだろ?
着いていっちゃって平気なのかな?
ちょうどホームに入ってきた
秋斗さんのお店のあるのとは反対方向行きの電車に乗り込む。
わ、ガラガラだ。ラッキー!
沢山席は空いているけれど、「陽向こっち座ろ」
とベンチシートの一番端っこに座らせてもらった。
他に5人しか、この車両には乗っていなかったけれど、
端っこに座る俺の隣にぴったりくっついて座ってくれる秋斗さん。
距離が近くて、ちょっと緊張しちゃうなぁ。
でも、嬉しい。
「陽向、ちょっと頬、ぷにぷにになった?」
秋斗さんがむにむにと俺のほっぺをつまんできた。
「!!や、やっぱり、そう思います!?太りましたよね!?……あぁ、年末年始、食べてゴロゴロしてばっかりだったから……今日、ちょっとズボンのウエストもキツい気がして……やばー、明日から筋トレしなきゃです!」
ガーーン!太ったのバレた。
やばい、明日からマジ朝晩筋トレ頑張ろ!甘いのも、禁止……いや、ちょっとだけにしよう!!
うんうん
「いや、そうじゃなくて……なんか、血色もよくて、ぷるんとしてて、なんか元気になってて、よかったって思って。てか、前言ったじゃん、太ったって、何だって……その、か……ぃいって」
ん?聞こえなかったけど、
可愛いって言ってくれた?
じっと秋斗さんの目を見ると、ふいっと目を逸らされてしまった。
でも、
また耳が真っ赤だ。
小さい頃から人に「可愛い可愛い」って言われるのがすごく嫌で
お前は男じゃないねぇ、女の子なら良かったねぇ。
と言われている気がして、
すごくもやもやっとして、どんな顔をしていいのかわからなかった。
俺は間違えて男に生まれてきてしまったんだろうか?
って中学、いわゆる思春期の頃は悩んでいたっけ。
でも不思議だ。
秋斗さんに「可愛い」って言ってもらえると、
胸がきゅってして、じわぁーっとほかほかして、嬉しくなるんだ。
同じ言葉なのに……これってすごい不思議。
それ以降、秋斗さんは次の駅が表示されているモニターを見上げたまま、何も喋ってくれなかった。
でも、
秋斗さんの手の平が、俺の太ももに置いていた手の甲をそっと撫でてくれる。
そのまま上から優しくきゅっと手を重ねてくれた。
その手の平はすごく、熱くて、秋斗さんもドキドキしてくれてるのかな?
俺のこと、好きって思ってくれてるのかな?
なんて事を考える時間は、すごく幸せな時間だった。
「次、降りるよ」
「はい。……あ、ここ、あれですね、前、ケーキビュッフェ連れていってくれたホテルのある……」
プシューっという音と共に開いた扉から降りると
頬がピリピリっとする冷たい風が吹いていた。
「そう、そん時行った店に、頼んでたもんがあってさ……その……、まぁ、行ったら、わかるよ」
そう言う秋斗さんに優しく背中をぽんぽんとされると、秋斗さんは辺りをキョロキョロし始めた。
「ごめ、陽向、ちょっとこっち……」
「ん……?」
人もまばらな駅のホーム。手を引かれて連れて行かれたのは自販機コーナー。
ん?コーヒー買うのかな?白い自販機にとんと背中をくっつけられた。
「ん??」
わけがわからなくて、身体を動かそうとすると、
ぐっと肩を押さえつけられて、動けなくなってしまった。
どうしたんだろ?
「ごめん、ちょっと、無理……」
困ったような秋斗さんの顔を心配して覗き込むと
一気に秋斗さんのカッコいい顔がドアップで近づいてきた。
その瞬間、
秋斗さんの右耳に光るブラックのリングピアスが目に入って、ちくりと、あの、無くしてしまったピアスのことを思い出した。
そうだ、ちゃんと秋斗さんに謝ってない……どうしよ……っ!
なんて考えているうちに、秋斗さんの鼻先が
俺の鼻に触れた。
うわぁ……!
近すぎて思わず目を閉じると、
ふにっ
と唇に柔らかいものが一瞬触れた。
「……え?」
「ごめん、ちょっと、可愛すぎて、無理。こんなとこで
ごめん」
ぶわっと身体の芯から温度が上がり、
じわっと汗が滲んできた。
え?
キス、してくれたよね、今……。
ほかほかと自販機の熱がコート越しに温かくて、余計に体温が上がる。
他の人から見えないように秋斗さんが俺に覆い被さるように立ってくれている。
秋斗さんの肩越しに少し背伸びをしてキョロキョロと周りに人がいない事を確認する。
「ねぇ、秋斗さん、もっかい。……あの、……したい……です。近く、誰も、いないから……」
「っ……!!」
そういった瞬間、今度はしっかりと秋斗さんの唇が俺の唇に綺麗に合わさったのを感じた。
パズルのピースがはまったみたいに、ピッタリと唇同士がくっついて離れない。
少し離れたかと思ったら、また違う角度でピッタリと重ねてくれた。