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第95話 ピアス⑤〜side陽向〜

下唇をぺろりと舐められたのを感じた後、秋斗さんのいつもより低くい声が目の前で聞こえた。

「……っはぁ、まじ、ここまで、もう、これ以上、色々とやばいから……」

そういって唇と唇がほとんどくっついたまま話す、秋斗さんの息がとても熱かった。

閉じていた目をそっと開くと

真っ黒く、じっとりと熱をはらんだ秋斗さんの切れ長の目と目が合った。


「ん。……俺も……、もっと、……へへ、ちゅーしたく、なっちゃいますね。……へへ、嬉しい……」

こんな所でキスしちゃうなんて

いけないってわかってるけどさ。

でも、嬉しい。

ニヤけてしまいそうなのを必死でこらえていたら、

俺の目元にまたちゅっと、キスをしてくれた。


嬉しいな。秋斗さんも俺とキスしたいって思ってくれてる……。

俺も、秋斗さんに駅で会った瞬間に、本当は抱きついて、キスしたかったから。同じ気持ちだったんだ。


「っ……んんっ、よし、いくか」

頭をガシガシとかき、耳が赤いままの秋斗さんが、咳払いをして、俺の手を引いたまま、駅の改札を通り抜けた。



秋斗さんに軽く手を引かれ、

迷路みたいになっている

駅ビルの中の店舗を通り抜けると

見覚えのある店に辿り着いた。


「ここ……」

「あー、うん、覚えてる?この店……前も、あのケーキん時、帰りに寄ったよな……」


ここで売ってたピアスだよね、

秋斗さんがくれたピンクゴールドのピアス。


あれ……本当に

どこでなくしちゃったんだろう。

綺麗なピアスだったから、拾った人がそのまま使ってるんだろうか……

それは……ちょっと……いや、だいぶ嫌だなぁ。

せっかく秋斗さんがくれたものだし、秋斗さんとお揃いのものなのに……。


無くしてしまったピアスの事を思い出して、なんだか悲しくなってきた。


「ちょっと、レジんとこ行ってくるから、陽向はここら辺でうろうろしてて」

「あ、はい。」


秋斗さん、何か新しいアクセサリー買ったのかな?

急いでいたから、何か注文していたやつができあがったのかな……。


はぁ……


レジの店員さんに話しかける秋斗さんの背中をこっそり盗み見しながら

以前ペアリングピアスが飾られていたコーナーへ行ってみる。


もし、売ってたら……秋斗さんとお揃いで、買っちゃおうかな……


あ……。


……。

ピンクゴールドと、シルバーのリングピアスの見本の下には

赤い文字でSOLDOUTと書かれた札が値札の上に貼られていた。


う、売り切れ……。


それじゃ、今から買ってお揃いにする事も出来ないんだ。

そっか……

そっかぁ……


はぁ。


それじゃ、何か、俺からプレゼントできるもの、ないかな?


ウロウロと店を一周してみたけれど

秋斗さんと俺に合いそうなピアス、アクセサリーは見つけられなかった。

秋斗さんの好み、あまりわからないし、

それで変なのあげちゃっても、ダメだもんね。

どんなのが良いか聞いてみた方が良いかな……


って……結構ペア物って値段するんだなぁ。

だってあのリングピアスも9000円くらいするもんな……


それなのに、それなのに、無くしちゃうなんて。

はぁ……。

今日、絶対に秋斗さんに謝ろう。

こんなモヤモヤをずっと隠しておくのもダメだもんね。


うん、そうだ。

今日、バイバイする時にちゃんと言おう。


そう決意して、胸の前で握り拳をさらにぎゅっと握った。



「陽向!お待たせ!……なんかいいもんあった?」

「あ、いや、……綺麗だなぁ、って思って、色々目移りしちゃってました。……秋斗さんは、注文していたの受け取れました?」

秋斗さんの左手にぎゅっと握られている小さな紙袋が目に入った。

何買ったんだろうなぁ。

じっと見てしまっていた俺の視線を感じたのか

「ん、これは、あとで、うん。……陽向、腹減ってない?なんか食べてくか?……それか、なんかテイクアウトして、ウチで少し、ゆっくりしてかない?……お互い、明日から仕事だから……そんな、遅い時間にならないように、飯食ったら解散とか……」


わ……。お家に誘ってくれてる?

嬉しい!

そうだ、お家で2人きりになった時に、ちゃんとピアスの事謝ろう。良いタイミングかもしれない。


「あ!秋斗さんっ!母さんから色々作り置きのおかずもらったんです!秋斗さんが持ってくれてる、そのおもーいバックに……それ、よかったら食べませんか?母さん、料理好きなので、不味くはないと思います……多分」

「まじ!?えっ!陽向のお母さんの手料理食べられんの!?食べたい食べたい!じゃ、それで決まりな!駅前のコンビニで飲み物とかだけ、買ってくか」


秋斗さんがあまりに嬉しそうにしてくれて、

少し驚いた。

手作り料理好きなのかな……でもあんまり期待されて美味しくなかったら……困るなあ。

ま、そしたら母さんにクレームいれよっと。

でも、ちょっと……母さんのが一番美味しいって好きになられたらそれはそれで、ちょっとイヤかも……。母さんの味に、俺は到底敵わないからなぁ。


なーんて、母さんが自分のライバルになる日が来るなんて……。

付き合っている大好きな人がいる。その人の好きを全部独り占めしたい……。

そんなの……初めての気持ちだ。

秋斗さんの好きなもの、全部、知りたいなぁ。







帰りの電車は行きよりも人が多くて、ドアの前に2人で立った。

秋斗さんを少し見上げると

「ふっ……」

優しく笑って髪をそっと撫でてくれた。

触られるだけで、身体がふわっと浮いちゃいそうなくらい幸せな気持ちになる。


向かい側のドアの所に、高いヒールのあるブーツを履いた(電車でバランス崩さないのがすごいよなぁ)いい匂いのするお姉さんがいて、チラッと目が合ってしまった。

やば、

男同士で、気持ち悪いとか、思われたかもしれない。

ぺこっとお姉さんに頭を下げ

秋斗さんの手を避けるようにして、ドアによりかかった。


「ひな、ドア開く時、危ない。」

ぐいっと秋斗さんの方に引き戻され、さっきよりさらにくっつく形になってしまった。

秋斗さんの黒パーカーの紐のあたりに顔が埋まってしまった。

ま、まって、お姉さんに気持ち悪がられてるから……ダメだよ……。


でも、久しぶりにかぐ秋斗さんの香り……

あぁ、大好き、この匂い。

はぁ、えっち、したいなぁ。

今日……だめかな?

そのまま秋斗さんの背中に腕を回したくなってしまう……


……ガタガタガタッ……!!!

「わぁっ!」

電車が大きく揺れて、姿勢が崩れる俺の腰を秋斗さんがぎゅっと抱きしめてくれる。

その時、

カツカツッとお姉さんのヒールの音が不規則な音を立てる。

大丈夫!?お姉さん!

慌てて秋斗さんのパーカーから顔を上げると

お姉さんとしっかり目が合った。

お姉さんはふふっと真っ赤なリップが綺麗に塗られた唇の端をあげて笑顔だ。

よかった、転んだり、してなくて。


プシュー……と開く扉。 お姉さんは降りるみたいだ。

お姉さんは、何故かもう一度俺を見て、うんうんと大きく頷いて、ヒールの音を高くならしながら降りて行った。

ん……?

どういう事、かな?


でも、気持ち悪いってことじゃなかった、かな?

ま、……いっか。


はぁ、

早く、

秋斗さんと、2人きりになりたいなぁー。


今の駅で俺たちの周りのお客さんは降りていったことをいいことに、そっと秋斗さんに身体を預けた。




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