「ところでどうー?良いストーリーは湧いた?」
萌は目の前に広がる夜景に目を細めた。
「……そうですね。だいぶイメージがリアルになりました。丘の上でこの夜景を見下ろしながら、トオルがサツキに告白するんです。でもその告白が遠回しすぎて、サツキにはスルーされそうになって焦る……だからいつもサツキに対してツッケンドンなトオルはついに、プライドを捨ててなんとか告白しようとするんです……」
「なるほど。どんなふうなセリフ?」
「トオルが……俺は毎年サツキとここへ来たいな。って言ったらサツキが、全然いいよ!じゃー約束ね!って。
10年経っても20年経っても、爺さん婆さんになっても、同じようにここに立って、お前に言いたいことがある……」
「あぁそれで、好きだってついに言うんだ?」
「いえ、それを実は、先にサツキに言われてしまうんです。ふふっ。」
「えっ?」
「先に言われてしまったから、負けず嫌いでプライドの高いトオルは、突然サツキにキスをするんです。」
「なるほどね。それだけは男として譲れないもんね。」
「やっぱりそういうもんですか?」
「そりゃあそうでしょう。僕は確かに恋愛経験豊富ではないけど、さすがに男としてのプライドくらいはあるよ。好きな人にはいつだって積極的にいたいって思ってる。告白もハグもキスも、自分からしたいよね。」
「あれ、王谷さん、好きな人いるんですか?」
そう言って顔を夜景から横に向けた瞬間、頭の上に、王谷の手が置かれた。
「っ……!!」
その瞬間、キスをされていた。
咄嗟の判断が追いつかず、目を見開いて固まることしかできない。
数秒後、ゆっくりと唇が離れ、目と鼻の先で見つめられた。
「僕さ、本條さんのことが好きみたいなんだ。」
え……というリアクションすら何もできずただただ思考を必死に回そうとする。
「もちろん旦那さんがいるのはわかってるけど、本條さんは本当にあの旦那さんのこと愛してる?なんだかそうは見えないんだよね。だから、僕にもチャンスがあるかなって。」
「あ……ま…待ってくださ……冗談ですよね?」
「僕が冗談でこんなことすると思う?」
真剣な表情で返され、口を開いたまま何も返せないでいると、今度はギュッと抱きしめられた。
彼がいつもつけている上品なムスクの香りが自分を包み込む。
「普段よくキミと一緒にいるのも、ただ同じチームだからだと思ってた?ほかの女子たちに嫉妬されるのも、この出張も、たまたまだと思ってた?」
「ちょっ…と……王谷さっ」
震える手でグッと王谷の体を押すが、ビクともしない。
「言ったでしょ、積極的にいくタイプだって。少しも気がついてくれないからさ……」
「や、やめてくださいこんなのっ……う、浮気になっちゃいますっ……昇さんを裏切りたくないからっ」
パッと体を離され、乱れた呼吸を整えながら顔を上げると、切なげな顔をしている王谷が長く息を吐いた。
「ごめん……そうだよね。本條さんって感情よりモラルを大切にするもんね。」
そう呟いて目を逸らし、下を向いて額に手を置いた。
「こんなつもりじゃなかったのにな……まさか本当に僕の感情が動いちゃうなんてね……」
「え……?」
「旦那さんには黙ってて。ね。」
「……言えるわけないです。」
なにがなんだかわからなくて、責めることも項垂れることもできずにそれだけ言った。
昇に対しても周囲に対しても、大変な秘密ができてしまった。
部屋に戻った後なかなか寝付けず、不意に思い出した昇からの動画を観た。
まさか昇だけでなく村田も華子も登場し、そして自分について語っている動画だなんて思いもよらなかった。
あまりにも照れ臭くて何度かストップしては自分を落ち着かせる。
「……昇さん……」
ごめんなさい……
こんなことがあったなんて、死んでも言えない。
完全に裏切っている罪悪感でいっぱいになりながら、動画の昇を見つめ、心の中で何度も謝った。
いつのまにかスマホを握ったまま眠りに落ちていて、昇にバレて愛想尽かされる夢まで見てしまっていた。