休日が空けた。
萌はいつも通り昇に見送られながら村田の送迎で出社した。
よし!今日からまた頑張ろう!
ストーリーがますますリアルに浮かんで、早く仕事したくてうずうずしてたんだよなぁ、と萌は上機嫌だった。
「おはようございます、皆さん。これ私と王谷さんからのお土産です!」
皆から労いの言葉をかけられいろいろ喋りながらお土産を渡し、まだ王谷が来ていないことに気がついた。
まぁたまに例のパン屋に並んだりして遅れることがあるから、それかもしれないと思った。
「おーっ!本條さん、出張お疲れ様です!どーでしたぁー?王子様との2泊3日はー?」
そんなふうに茶化してきたのは、今日も派手な装いをしている凪紗だ。
「ちょ!ちょっと声大きいよ凪紗ちゃんっ……だいたい妙な言い方やめてよもうっ」
「でもほらぁ?みーんな聞きたいって顔してますよー?」
よく見ると、何人もの女性社員の視線がこちらに向いていた。
妙な緊張感に包まれながら、はぁ……と息を吐いた。
「皆さんが期待しているようなことなんて、何も無いですからね!」
王谷さんの部屋に運ばれて介抱されたり……酔っ払って、き、キス……されたりなんてこと死んでも言えない……!
「えー、なんだぁ、なんもないんすかー?期待外れっすよそれはー!なんちゃってーあははは!」
お土産の菓子を食べながらそう言ってきたのは、昇の後輩でありスパイでもあるヤマトだ。
萌はあれからなんとなく、内心ヤマトに苦手意識を覚えるようになってしまった。
「ところで本條さん、出張の報告書の提出はシッカリお願いね。」
やはり何事にもきちんと抜け目ない篠田課長がピシャリと釘を指してきた。
「はいっ!それは王谷さんが今日中に出されると思います。」
「あっ、そう。じゃあ王谷くん来たら聞いてみるわ。それにしてもこんなにたくさんお土産すごいわね、ありがとうね。」
「えぇ。実はお土産をここに持ってきて配る係と、レポートを提出する係と、分けたんですよ〜ははは」
レポート報告書のほうが明らかに手間のかかるものだと思うが、王谷が率先して受け持ってくれた。
とはいえ、お土産もそれなりにあったのでこれもわりと広げるのが手間だった。
「チームの皆さんには個別のお土産もあるのでどうぞ……他部署には秘密ですよ。」
「わーい!やったぁ!僕の趣味わかってるなぁ〜」
オタクの航には、やはり函館限定のアニメキャラグッズを渡した。
各々の喜ぶ声や感想を聞きながら、まだ出社していない王谷を待つ。
「おぉ、このTシャツもしかしてアイツが選んだ?」
「はい。須藤主任のことならよくわかるって王谷さんが言っていて。楽しそうに選んでましたよ。」
「いや、なんで分かるんだよ……にしてもまだなのか夏輝の奴は?もう就業時刻だぞ。」
「どぉせまた例のパン屋でしょうよ。もし遅刻したら今月で3回目だからさすがに減給ね。」
「前にもンなこと言って、結局免除してた優し〜課長さんなくせに。」
須藤に釣られて皆笑ったが、その後、笑いごとではなくなってきた。
なぜなら、王谷は就業開始から2時間過ぎても出社してくることはなく、しかも誰にも何の連絡もない。
レポートのこともあるし、最後に空港で別れてから連絡をとっていない萌も、さすがに心配になってくる。
「……電話出ないなぁ。ったく、何やってんだアイツは。」
「事情はなんであれ、王谷くんて連絡は必ず入れる人なのにどうしたのかしらねぇ……」
須藤主任も篠田課長も首を傾げている中、萌も電話をかけてみた。
5回目の呼出音が過ぎたあたりから、萌は諦めて切ろうとした。
そのとき……突然呼出音がやんで、急いでスマホを耳に戻した。
「もしもし王谷さんっ?どうかしたんですか?皆心配してますよ!」
その声で、皆が一斉に萌に視線を移す。
" あぁ、萌さんすみません。今から出社するから、皆にはそう伝えておいてもらえる?"
遅刻の理由は知らないが、王谷の声色は至って冷静だ。
ということは、危惧していた緊急事態とか体調不良などではなく、本当にパン屋さんの件かもしれない。と思った。
「理由は分からないけど、とりあえず今から出社してくるそうです。」
通話を切ってからそう報告すると、皆あからさまにホッとした顔をした。
仲間思いで心配性なチーム。本当にいつもとても優しいと萌は思った。
須藤だけは、「あいつ俺の電話には出ねーってのに本條さんのには出るのかよ」などと漏らしたが、その不機嫌な言葉の裏にもやはりきちんと心配の想いが伝わってきた。
ほどなくして、王谷は出社してきた。