「遅れちゃいました〜、すみませーん。」
現れた王谷夏輝はいつものように笑顔でアッケラカンとしていた。
「ふざけるな。お前今何時だと思ってる」
「王谷くん、こんなに遅れるなら連絡くらいはちょうだいよ。ていうか基本的に、時間に限らず遅れるなら遅れると誰かしらに言ってよね。皆心配するし……って新入社員じゃないんだからこんな初歩的なこと言わせないでよ。」
「すみません。でもほら、期間限定のカレーパン、皆さんの分も買ってきたんで!」
「おい馬鹿か、そんな暇があったら連絡の一本くらいよこせ。」
「だから本條さんにしたじゃないですか〜」
「いつの話をしてんだ。誰かが連絡する前にしろって常識言ってるんだよ。だいたいなんで俺の電話には出ないで本條さんのには出る?」
「まーまーいいじゃないっすかぁ須藤さん!王谷さんカレェパンあざーっす!」
「わぁーい☆ウチここのカレーパン久々だわぁ〜」
いつもの如く、全く統一性のないチームだが、なんだかんだ全員緩すぎて何事も無かったかのようにすぐ元通りになる。
そして王谷さんは約束通り報告書レポートも出してくれた。
ここの会社は個性豊かでも各々が皆かなり仕事ができるからこそルールがほぼ無く緩いのだろう。
「そういえば今日って、本当にパン屋さんのせいで遅刻したんですか?」
帰り際、遅刻したぶん少し残って残業をしていくと言った王谷に問いかけてみた。
「鋭いね。さすが本條さん。」
意味深な笑みを浮かべてパソコンから顔を上げた王谷に、ますます違和感を覚えた。
だってパン屋ってだけで、昼近くになるわけがない。あのパン屋さんはそもそも、そんな時間には人が並んだりなどしていないはず。
「何かあったんですか?もしかして出張で疲れさせてしまったかなとか思って心配してたんです。」
「いや、そんなことは絶対ないない。まぁー、うん……出張は関係あるけどね。」
「えっ」
「でも本條さんは気にしないで。じゃあお疲れ様。」
もう話は終了という感じで一方的に遮断され、パソコンに再度集中しだしたので萌は帰るしかなくなった。
でも気になる……。出張が関係してるってことは、レポートの件?いやむしろそれ以外にあるだろうか?
帰宅してから夕食を作った。
今日は自分の方が昇より早かったからだ。
まもなくして昇が帰ってきたのですぐに夕食にした。
「今日のお仕事はどうでしたか?」
「あー、皆さんお土産も喜んでくれたし、いつも通り騒がしくて楽しかったですよ。でも当の王谷さんが遅刻してきたので焦りました。何しろ報告書を任せっきりだったので。」
「……そうですか。」
「?」
今の昇の返答に、少しだけ違和感を感じた。
妙な間の間に、暗い影が見えたからだ。
しかも昇はうっすら笑っていたように見えた。
「萌さん、今日は一緒にお風呂に入りませんか?」
「えっ?!お風呂にですか?!」
「はい。」
「い、一緒に…?」
「はい。」
どうしてこうもニコニコしながら恥ずかしげもなくそんなことを言ってのけてしまうのか……
その余裕さに、なんだか少しムッとした。
まるでからかわれているみたいだ。
「い…いいでしょう。入りましょうか、一緒にお風呂。」
つい強がってそう言ってしまったが、夕食の片付けをし昇が皿洗いをしている間、風呂の入湯の曲が流れ出した途端ビシッと背筋が伸び、一気に緊張感が押し寄せた。
あぁ…私はなんてことを言ってしまったんだろう…。
この歳にして未だ異性とお風呂なんて未経験なのに……態度でバレないように頑張らなくちゃ。
「お待たせしました萌さん!じゃあお風呂行きましょう!」
「っも、もぉーすこーし食休みしませんか?今入ったらのぼせてしまいそう。」
「あぁっ、それもそうですね。」
「…でももし良かったら昇さんは先に入っちゃっても。」
「萌さんと一緒じゃなきゃ嫌です」
なっ…なぜそんなキッパリ…っ?!
「どっ、どうしたんですか今日は急に?だって今まで一緒にお風呂なんて言わなかったじゃないですかっ」
「萌さんと…もっと距離を縮めたいからです。僕はもっと…萌さんのことが知りたいです。」
キュンっと、まるで少女漫画で連発されるような効果音が自分から聞こえた気がした。
互いに肌を見せあったことなんて当然ない。
だからかなり勇気を出して一緒の入浴というものに挑んだのだが……
昇の堂々とした余裕っぷりにいろんな意味で圧倒されてしまった。
「頭と体、洗ってあげますよ」
なんて言って萌を前に座らせ、いろいろやってくれるのはいいのだが、目の前の大きな鏡に写っている昇をチラチラ時にしてしまう。
「………。」
恥ずかしいとか全く思ってなさそう……
何度も経験があって、余裕なのかなぁ……
なんだかモヤモヤする……
「気持ちいいですか?」
「ぇあっ、はい!とても!美容院以外で他人に髪洗ってもらったことなんてないので」
「それは僕もなんで、次は萌さんやってくれますか?」
「えっ、そうなんですか?もちろんです!」
結構前から気づいていたことなのだが、割と積極的な昇といると、だんだん羞恥の感情や距離感などが分からなくなってくる。
「昇さんって……髪が柔らかいんですね。私は結構しっかりしてて絡まりやすいから羨ましいです。」
「でも僕、萌さんの髪好きですよ。子供の頃初めて見た時も、いい匂いがして。ちょっとカールしていたのも可愛かった。」
そんな昔の細かいことを覚えているなんて驚きだと思った。同時に萌は恥ずかしくもなった。