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第101話

「それで、じゃあ……キスじゃないなら、具体的には僕が何をしたと?」


「血を抜きましたね。」


少しの間も開けずにキッパリとそう言うと、一瞬だけ王谷の目が揺らいだのを、僕は見逃さなかった。


「萌さんの血液が、必要だったんでしょう。」


「血……ですか。なんのために?」


「さぁ、それは僕に聞かれても。例のアレに必要か、研究するためか……ってとこなのでは?」


「………。」


目を逸らさずに真顔でいる王谷がもう、それを証明していた。


「でも王谷さん、もちろん僕は、あなたが中心人物だとは思っていません。つまりあなたは誰かに雇われているだけだ。あなたのボスは誰ですか?それを教えてくれれば、何もしません。」


「……それ……教えなかったら何かすると言っているも同然なんですが。」


「えぇ、もちろん。彼女を傷つけたのだから、あなたにはその数百倍傷ついてもらいます。」


「………。」


王谷が初めて目を逸らした。何かを考える素振りをしてから、諦めたようについに口を開いた。


「僕は……確かに雇われている。ここ1年だけの契約でね。」


はぁ、と小さくため息を吐いてから、王谷は頬杖をついて目の前のアイスティーのグラスを触った。

案外、早く認めたなと思った。


「例のアレ……どの組織も、アレの大量生産をこぞって狙っている。生みの親である本條さんの父親、本條聡介は姿をくらましているし、母親の本條靖子はアレに関してほぼ関わっていなかったことが分かっている。まぁそこに関しては僕はそんなに興味ないんですけどね。」


例のアレ、トレフルは、この世の覆すほどの危険薬物だ。

それを手に入れれば、恐らく世界中が欲しがり、膨大な財が手に入り続けるだろう。

ある意味で、世界を制することが出来る。


「そこまでは……僕も知っています。」


「でも最近また新たにわかったことがあるらしいですよ。どこからその情報を仕入れたのは分からないけど、例のアレに必要なのは、本條の娘の血液なんじゃないかと。」


「………。」


「本條萌の姉、本條楓も今、どこにいるのか分からず、不思議と見つからないらしい。だから僕が依頼された仕事は、本條萌の血液を……決して誰にもバレることなく採取すること。」


まぁ、任務失敗ですけど……

と言って王谷はため息を吐いた。

ウンザリしたように、これからどうするかといった様子で髪をかきあげている。


やはり思った通りだった。

例のアレ……トレフルのレシピには、萌さんの血液か、お姉さんである楓さんの血液が含まれている。

それは、叔父の部屋の秘蔵の情報物たちを探り続けてきた結果、少し前から僕には既にわかっていたことだ。


「当然僕は好きでやってたわけではなく、ただ金で雇われていただけですが、アレの製造方法などについては多少の興味があった。だからまぁ、面白そうだなと思って契約したのは事実です。」


「そうですか……。アレがどんな効能がある薬なのかは当然、知っているんですよね?」


王谷はうっすら笑って静かに頷いた。


「バレてしまったからには雇い主が誰なのか教えないとですね。僕はこんなことで自分を犠牲にするのだけは嫌ですからね。」


沈黙が流れる。

さっきから1度しか口をつけていない、僕のアイスコーヒーの氷が音を立てる。

カラン、と。心地よく耳に響くのと同時に、幻聴みたいな言葉が降ってきた。


「……は?」


「ですから、会長ですよ。うちの会社の。」


すなわちそれは、僕の叔父ということだ。

叔父の、加賀見清隆だ。

まさかそんな……あの人が未だにトレフルを探っているとは思わなかった……!

だってあの家事の後、父から散々責められ、今後一切関わらないと一筆書かされていたくらいだったじゃないか……!


「……?もしかして身内の方だとは思わなかったです?」


「いや……そういうわけじゃないけど、少し驚きました。」


なんだ、この男も加賀見清隆が僕の叔父だということは知っていたのか。


「とはいえ、まぁ僕は会長に会ったことがないんですけどね。だから本当は僕は、僕自身の本当の雇い主を知らないという底になっている。」


「なら、なぜわかったんです?」


「僕の以前の本職は、プロの探偵だったんで、情報を探るのは得意なんです。ある程度の情報を幅広く握っているから、今ではこうしてフリーで仕事を請け負い、金を稼いでるってわけです。」


「……。」


正直驚いた。

その独特の雰囲気から、只者では無いと最初会った時から見抜いてはいたが…

すました顔して、やってることが完全にプロの犯罪者じゃないか。


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