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第103話

翌日の昼休憩後、萌は信じられないものを見た。

食堂を出て事務所に戻ろうと歩いている時だ。

持っていたコーヒーを思わず落としそうになってしまった。


「なっ……なんでっ…」


「ん?どうしたの、本條さん。……お?」


隣にいた凪紗も、萌の目線の先に気付き、長いつけまつ毛をぱちぱち瞬かせた。


「えっ!あの人って本條さんのドライバーさんじゃないですかー?!キャーっ☆今日も素敵ぃ~!あれ、本條さんをお迎えに来たのかな?今日は午前だけの出社でしたっけ本條さん。」


「ううん、違うよ……」


「ってか!ちょっと待って!隣にいる人は誰?!これまたイケメンっ!もしかして兄弟とか?!」


そう。昇がいたのだ。

その隣には村田もいる。

上の方の人達と仕事の話をしている感じだ。

会議室に誘導されている。



「わぁ~、誰あの人たち?絶対俳優だよね?」

「どこグループの何の作品?誰か知ってる?」

「やばいっ!2人ともすっごいタイプなんだけどっ」


周囲の女性社員たちの黄色い声も聞こえる。


「どうして昇さんと村田さんがこんなところに…?」


そう呟いた時、昇がチラとこちらに視線を寄越した。

萌に気がついた瞬間、ニコッと笑いかける昇に、周囲の視線は一気に萌に向いた。


「えっ、やっぱりあのイケメンも本條さんの知り合い?…って…っえ!来るよ!こっち来るよっ!」


顔をポッとピンクに染めた凪紗が興奮気味にバシバシと萌を叩く中、昇はにこやかにこちらに近づいてきた。


「萌さん、お疲れ様です。」


「のっ、昇さん!どうしてここへ?」


「打ち合わせですよ。今度うちの子会社のスタジオを撮影で使うことになってるらしいので。」


「えっ、あっ、そういうこと……」


加賀見の財閥は、萌が把握しきれないほど手広くいろいろな分野を手がけている。

だからそれには納得せざるを得ないし、そもそもこの会社だって昇の叔父の担当だ。


「萌さんの今手懸けている作品も、ぜひうちを使ってもらおうと思ってますから、今度話を詰めましょうね」


「あっ、はいっ、是非…」


昇は隣の凪紗にもにこやかに笑いかけ、軽く頭を下げて離れていった。


「ちょっ…!うち今笑顔向けられたぁあ〜!あんなん反則~っ!惚れたわ~っ!てゆーか本條さん、知り合いだったんですか?!やっぱりドライバーさんと兄弟?!」


「……旦那さん…」


「え?」


「私の…夫…」


そのつぶやきが聞こえた周囲は、凪紗と同じように固まって目を点にしていた。


その後、近くにいるであろう昇のことで気が散ってなかなか仕事が捗らなかった。


まさか自分の職場にくるとは思わなかったし、あんなふうに堂々と話しかけてきて笑いかけてくれるとも思わなかった。

周囲にはかなり驚かれたが、別に隠す必要はないわけだし……などと考えつつも、なんだか旦那自慢のようになってしまったと思った。


でもなんだか嬉しいな…仕事場で会えて話せるなんて。



しかし実際の昇の目的は、別のところにあった。

この会社内の全貌を把握し、情報収集することだ。

だからわざわざ村田も連れてきた。


会長の叔父は当然ここにはいないため、雇われている社長を上手く話術で誘導し、様々なことを聞き出した。

そこで分かったことがいくつかあったが、先日の萌の出張での事件しかり、やはり叔父が裏で操作しているであろう事実が多かった。

この社長は、上からの命令にはなんの疑問も抱かず余計なことにも介入しない、ただ会社の売上だけを重視する人間なため、叔父が最も気に入りそうなタイプの人間だと思った。

だからある意味、社長には罪はない。


「会長とは最近会われてないのですか?」


「うーん、最後に会ったのは2週間前くらいかなぁ……お忙しい方ですから、会社の近況報告等は全て電話やメールなので。」


「じゃあ2週間前はどういった内容で?」


「会長の開いているゴルフ会に参加しただけですよ。うちの社員の航くんと一緒に。彼はゴルフが上手いから会長に気にいられてるんです。」


ほら、ちょうどあそこに……と言って指さした方向を見る。

この会議室からは向こう側はマジックミラーのようになっているため、車内を見渡すことができる。


「ちょうど本條さんの、斜め前に座っている、メガネをかけたあの子ですよ。アニメだか漫画だかゲームだかよく分からないけど、まぁいろいろと多趣味でね。頭も良くて面白いから結構会長に気に入られてるんです。」


これは……いいことを聞いた。

そう思って目を細めて彼を見る。

航という20代半ばくらいの青年は、真剣にキーボードを叩いていて一見ただの真面目な社員に見えた。

その隣には、王谷夏輝が仕事をしているのも見えた。


"そもそも加賀見さん。例のアレ、トレフルの正体をちゃんと知っていますか?"


ふと、彼が言っていた言葉を思い出し、眉間に皺を寄せて萌に視線を移す。

萌は王谷の目の前の席で、なにやら彼と会話をしている様子だ。


トレフル……

その正体は本当に……。

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