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第104話

仕事が終わって会社を出ると、なんと昇が村田と共に待っていた。

萌が声を発する前に、やはり隣の凪紗が声を出す。


「きゃーっ!待っててくれるなんて本條さんの旦那さんやっぱ素敵ぃ〜っ!」


「お疲れ様です萌さん」


「えっ、なんでっ……てっきりもうとっくに帰ったかと…」


「今日は他の会社も偵察に行ったりしていたので、また戻ってきたんですよ。」


ニコッと笑う昇に、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

なぜなら今隣には凪紗だけでなく、ヤマトと航もいる。

帰りはよくタイミングが合えばこのメンバーで出ることが多いのだ。


「いつも妻がお世話になっています。」


昇が3人に律儀に頭を下げると、3人とも急いで頭を下げて各々軽く挨拶をした。

しかし考えてみたら、昇のスパイ的ポジションであるヤマトは当然演技ということだ。

まるで初めましての底で話をしている2人を見ると、末恐ろしく感じる。



「3人とも、もし宜しければお送りしましょうか?車じゃなければですけど。」


「えっ!いいんですかぁ〜?わーい!」


「おい、凪紗ぁ、さすがに図々しすぎるだろ?」


「いいえ、構いませんよ。ちょっと小雨ですし。」


「あ、僕、自転車なんですけどぉ…」


「大丈夫です。積めますから。」


あれよあれよと、3人を指定の場所まで送ることになった。

車は大きいので余裕なのだが、昇がそういった提案をしたのは驚いた。

同時に、自分の同僚にや対する優しい対応に嬉しくもなる。

自分の大切にしているものを大切にしてくれる感覚。


「えっ!?村田さんってそんなにイケメンなのに奥さんも彼女もいないんですかぁ?!信じらんない!」


「イケメン故に、恋人を作るのが逆に大変ってのもあるかもよ?村田さんは真面目そうだし。」


「確かにそうだね。うん、イケメンなのにチャラくないということは、それなりのレベルの女子じゃないと見合わないよ。」


車内では3人がぺちゃくちゃ喋っていて賑やかだが、村田は運転しながら明らかに居心地悪そうだ。


「あ~、私もイケメンな旦那さん欲しいなぁ~。本條さんずるいですー!」


「えっ、そんなこと言われても…。ていうか凪紗ちゃんって、顔だけが重要なの?」


「そうそう、凪紗はイケメンだったら他はどーでもいいんだよな!つい数ヶ月前の彼氏だって、顔は良かったけどDVっ、んぶ!」


凪紗がニコニコ笑いながらヤマトの口を抑えた。

途中まで聞いてしまった萌は、つい凪紗を見る目が変わってしまう。まさか、こんな明るくて良い子がそんな暴力男に…?!


「凪紗ちゃんは少しアレですからね〜。」


と、少し天然な航が口を開いた。


「アレってなによ!」とすかさず凪紗が言い返す。


「なんというか、そんな感じしてても実際わりと自己肯定感低めじゃないすか。だから、イケメンなんかに優しくされると尚のことホイホイと…」


「なっ、そういうアンタこそ、2次元の女の子しか眼中にない非現実主義者じゃない!そんなんじゃ一生彼女なんかできないんだからね!」


「別にいいっすー。興味無いんで。僕は死ぬまでウタカタゲームのヒミコちゃんにしか心動かされないんで!」


「誰よ、ヒミコって。弥生時代?」


ついくすくす笑ってしまう。

やっぱりこの3人といると、いつも楽しくて笑顔になれるから良いなぁなんて思う。


帰り際、凪紗から驚きの言葉が出た。

なんと、村田と連絡先交換をしたいというのだ。


「彼女とか奥さんいないならいいじゃないですかぁ〜。別にしつこくしたりしませんよ〜」


いや、絶対しつこくするだろ、と、ヤマトと航に突っ込まれているが、凪紗の積極性には脱帽してしまう。


「いいじゃないか、庵。萌さんの同僚さんだし。」


「そうですよ、村田さん。凪紗ちゃんとても良い子なんですよ!」


女っ気のない村田に、昇と萌はつい凪紗を推してしまった。

村田は少し迷っているそぶりを見せていたが、わりとすんなり教えていた。


各々を指定の場所に送っていき、車内は3人になった。


「萌さんの同僚さんたちは皆とても明るくて元気ですね。」


「えぇ、そうなんです。皆それぞれ個性強いけど、いつも元気もらえてます。それにしても、昇さんに職場で会えるなんて思ってなかったのでビックリしましたよ。」


「ふふ、まぁ挨拶もできてなかったですし。」


" いつも妻がお世話になっております "

萌はそのときの昇を思い出して顔を赤らめた。きっと社長や他に会った人とかにも言ったんだろうな…と。

そんなセリフを自分に当て嵌めて考えたことがなかったから、聞いた時は正直かなり照れてしまった。

自分はこの人のモノなんだということを再認識させられた気がして。


一方、昇は全く別のことを考えていた。


あの航という男性社員……

家の位置も大方把握した。趣味や性格も、会話からだいたい分かった。

少々変わり者で温厚な雰囲気だが、そういう人物ほど裏があり、本音を見抜くことが困難なのを知っている。

それに、彼の恋愛観からしてもきっと、自分が納得いく目的のためにしか時間を割かない傾向にある。

ということは、叔父のスパイ的存在である可能性が高い。

叔父は、人を動かすのに昔から長けている。

各人物が欲するものを見極め、人参をぶら下げるようにしてどんな人間でも操ってしまう。

本人たちはそれに気付いてすらないのだ。


「萌さん、あの3人を今度自宅に招待しますか?なんか面白そうですし。」


「えっ、良いですねそれ!提案してみます!」


萌は、今まで仕事関係の人間とプライベートで遊んだりしたことがほぼ無かったため、自然と胸が高鳴った。

そんな楽しそうな萌の手を、昇は膝の上で握った。

少し恥ずかしそうに笑う萌が可愛くて目を細める。



" 例のアレ、トレフルの正体をちゃんと知っていますか?"


王谷の言葉が蘇る。

押し黙るこちらの意を理解したのか、彼は真剣な目をして声を小さくした。


" アレは、人の意思を操るものです "



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