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第106話


「あぁ、華子ちゃん、久しぶり!元気〜?」


「元気じゃないよ、萌さん!」


電話口の華子は切羽詰まったような様子だったため、疑問符を浮べる。何かあったのだろうかと。


「どうしたの?」


「村田さんって彼女ができたの?!私見ちゃったの!こないだオシャレな女の子と歩いてるところ!!」


ハッと開いた口が塞がらなくなった。

完全に盲点だった……

そうだ…。だって華子は村田に惚れているんだ…

きっと、華子がもうフィアンセとの正式結婚を匂わせていたから、村田とのことはすっかり忘れていたのだと思い返した。


「萌さんは知ってたの?!」


「えぇっと…ちょっと待って。デートした子はうちの同僚の子だから知ってるけど、付き合ってはないと思うよ?そう言ってたし…」


「でもあんなに楽しそうにデートしてたしっ……村田さん私の誘いは全部断るくせにっ……」


「そっ、それはだって……華子ちゃんはもう人妻になるでしょう?」


「……。」


恋する乙女に、少々キツイ言い方をしてしまったかもしれないと後悔したが、しかしこれが事実なので無視できない。


「……村田さんも、それを分かった上で、どう接していいか分からないんじゃないかな?優しい人だからね。」


「……そう…かもしれないけど…あまりにもあからさまっていうか…」


華子の気持ちはとてもよくわかった。

きっと、本当はそんなことを言いたいんじゃないだろう。

そしてきっと、村田が自分を避ける理由も分かりきったことだろう。


「華子ちゃん……」


だからこそ、ホントの彼女の想いが伝わってきて、余計に辛かった。


「やっぱりこうして私に言うよりも、直接彼に言ってみたらどうだろう?言いたいことも聞きたいことも、全部…」


「できるもんならそうしてるよ……でも、連絡無視されまくりなんだもん、もう手段も何もないよ…」


昇が向こうのキッチンに来た気配がわかった。

風呂から上がり、水分を取りに来たのだろう。

顔を上げると、昇はこちらが電話していることに気がついたのか、静かに冷蔵庫を閉め、音を潜めた。


「っあ…そうだ……。今度の週末にね、村田さんもその子や他の同僚も呼んで、軽いホームパーティ的なのをすることになってるんだ。だからよかったら、華子ちゃんもどう?」


「えっ?萌さんちで?」


「そうそう。そしたらほら、村田さんにも会えるし、例のその子にも会えるわけだから、直接自分の目で見て話して、いろいろわかることあると思うし。」


「それは……確かに良いかも…」


「うん。ごめん…。私はね、同僚の子にも村田さんにも、もちろん華子ちゃんにも幸せな恋愛をしてほしいと願ってるから、だから…なんていうか……」


「わかってる。萌さんは、誰の味方でもないんだよね。それが萌さんの優しさだもん。」


改めて代弁されると、どことなくそれは冷たく聞こえた。


電話を切った後、


「えっ?華子も来るんですか?」


と隣で話しかけられ、ビクリと肩が上がった。

隣にはパジャマ姿で首にタオルを巻いている風呂上がりの昇がグラスの水を片手に目を丸くしていた。

電話に集中していて全く気が付かなかった。


「あ……だめ、でしたか?」


「あ、いえ、萌さんがいいならいいんですけど。なんだか面白いメンバーになるなぁと思って。」


そうだ、言われてみれば、もしかしたら自分は、大変な修羅場を作ってしまったかもしれない…??


「あの……昇さんって、華子ちゃんが村田さんのこと好きだってこと、当然知ってるんですよね?」


ブシューーっと、突然昇が口に含んでいた水を噴き出した。

おどろいて急いで近くにあったティッシュで拭いてあげると、昇は謝りながらタオルで自分の顔を拭った。


「……う、え?うそですよね?華子が庵を??なぜ?いつから??」


その表情を見ると、どうやら知らなかったようだ。

他人の感情などこういう部分は、少々鈍感なところがあるようだ。


「お兄さんなのに知らなかったんですか?」


「いや知らな…というか、庵とは古い付き合いだから、華子にとっての庵はとくに、幼い頃から良くしてくれる…それこそ僕よりお兄さん的ポジションかと……」


「それもあるかもしれないけれど、とにかく華子ちゃんは、婚約者がいても村田さんのことを諦められないみたいですよ。私もどうしたら正解なのか分からなくて……不倫とかを正当化なんてできないけど…でも、感情には抗えないでしょう?」


「……。やばいな…困ったことになった。」


いや、気付くのが遅いよと心の中で呟く。

まさか兄があんなに分かりやすい妹の感情に全く気づかないでいたとは……


「村田さんは…華子ちゃんのことどう思ってると思います?」


「えぇ……ど、どうだろう?考えたことなかったな…」


「……。」


この人にこういったことを聞くのは無駄だと改めて思った。

妹のことが分からないんだから、村田さんのことも分かるわけないだろう。


「でも……」と、昇は言葉を濁したあと、衝撃的な事実を発した。


「え?!なんですって?!ホントですか!?」


「はい……僕もこないだ知った事なんですが、庵はよく、兄に女性を紹介されているみたいで、それで一応それなりにしょっちゅう女性とは遊んでいるようで…。」


女っ気がないと聞いていたから、その事実には困惑した。


「実際に僕がたまに突然庵に電話を掛けたりすると、女性といる雰囲気を感じたりすることがあるんです…こないだは声も聞こえました。」


「……。」


どういうつもりなんだろう、村田さん…

だって私から見る彼は、明らかに華子ちゃんのこと特別に思っている感じなのに……。


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