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第116話

「……え?」


昇が莉奈を呼び出し、バルコニーで2人きり。

突然結婚したことについて念の為詫びたのだが、思っていたよりも拍子抜けするような反応だったのだ。


「だから、別に莉奈気にしてないですよ〜だ。

怒ってもないし悲しんでもないし〜」


そう言って何処吹く風といった様子で景色を眺めだした。


「………。」


強がっている……のか?

それとも……吹っ切れた?


いや、僕の知ってる黒宮莉奈はこんなんじゃない。

いつも何に関してもそうだ。

自分の望みは何がなんでも叶えようとして周りを巻き込むタイプの人間だ。

それは一見すると子供のように映るのだが、実際は隠れたカリスマ性を秘めた持ち主だということを、僕は知ってる。

なぜなら、いつのまにか本当になんでも自分の思い通りにするという普通じゃない執念と行動力のある人間だからだ。


「もちろん昇くんと結婚するつもりでいたけど、こうなった以上仕方ないっていうかー。」


「……そ、そう。理解してくれて助かるよ……」


「ふふっ。莉奈だって立派な大人だモーン。

大人の対応するよぉ〜」


聞いていた情報とあまりにも違すぎる。

莉奈は、ずっと泣いたり喚いたり塞ぎ込んだりしていて大変だったと華子から聞いた。

莉奈の兄がそう言っていたらしい。


感情に素直な莉奈が僕の前ではこうということは……

やはり本人が言うように「大人になった」ということなんだろうか?


「……ありがとう、莉奈ちゃん。

莉奈ちゃんもいつか最愛の人が見つかって幸せになれることを心から祈ってるよ。」


莉奈は一瞬少し目を見開いたあと、ふっと笑って頷いた。



その後、室内に戻ってまた皆でわいわい盛り上がっている中、とにかく昇は安堵していた。

キッチンで萌と二人きりになった隙にそれを報告すると、萌も心底安心したようなため息を吐いた。

そして、


「これでまた、友達に戻れる」

と喜んでいた。

莉奈は萌にとって、初めて外でできた友達だったのだ。


萌が莉奈や皆と仲良く楽しげに喋っているところを見ながら、昇はこれ以上ないくらいの幸せを感じた。

やはり自分の最愛の人が好きな人たちと心から笑っている、そして自分の1番そばで毎日を過ごしている。これが最大級の幸せだ。と実感する。


よかった……今日という日を設けて。

これからも萌さんが喜んでくれるなら、定期的にいろんな人とパーティーを開くのはいい案かもしれない。

もう少し暖かくなって夏になったら、BBQや海水浴なんかに行ってもいいかも。

などと考えていたら、


「え、なになに?萌さん、何かいるの?」

「どうしたんすか本條さん」


異様な空気を感じ、キッチンから出て直ぐにリビングへ向かう。

するとそこには、萌が一人、ボーッと突っ立っていた。

他の人たちが呼びかけても、微動だにせず、窓の外をぼーっと眺めている。

その方向を見ても、とくに何もなく、ただのバルコニーだから、皆不審に思いだした。


「………萌さん?どうしたんですか?」


昇が近寄ろうとすると、萌はスタスタとまっすぐ歩きだした。

そしてなんと、バルコニーに出てしまったのだ。


「っ?!まさかっ……!!」


皆の視線が集まる中、昇は急いで追いかけていく。

それを追うようにして村田も駆けてきた。


「っは!萌さんっ!!」


萌は柵によじ登りだしたのだ。

まるでここから飛び降りようとするかのように。


昇が押さえつけて引き摺りおろそうとするが、なぜか力が強い。

意思に反したような本来の力の強さではない。

もうその時点で、昇はピンと来ていた。


「っっ、も……えさっ……っ」


「しっかり掴んどけ昇!」


ハッ!!庵!!


後ろから村田が力を貸してくれた。

思い切り村田が引っ張ると、昇は萌ごと転げ戻り、萌を抱きとめる形となった。


「おい……重い……」


「っは!すまん庵!」


自分たちの下敷きになっていた村田に気付き、急いで萌を抱き上げて部屋に戻る。

当然、何が起きたか理解できない周りは騒然としていた。


まずいことになった……

と、萌をソファーに寝かせながら昇は冷や汗を流す。

これをこの人たちにどう説明していいか分からない。

だってこれは完全に、トレフルのせいだから。

まだ効き目が有効だったとは思わなかった。

あいつ……王谷は嘘をついていたのか……?


" まぁ安心してください。アレが持つのはせいぜい3日間前後らしいですから。"


個人差があるということか……?

それとも後遺症……?

そもそも何人で試した研究なんだ……?

いや、初めから全て嘘……?


先日ベッドの上で、萌の異変に気がついた翌日、昇はすぐさま王谷とコンタクトをとっていた。


「やはり……血を抜いただけじゃなかったんですね……」


これでもかというほど鋭く睨みつけてくる昇に、王谷は冷静に返答した。


「それに関しては、正直僕もよく分からないんですよ。」


「……なに?」


「なぜならあの日、僕は彼女が目覚めるまでそばに居ただけ。血液採取したり他に何かしたんだとしても、それは僕ではない組織の奴ら。なので実際何をしたかは知らないんです。」


唖然とした。

しかし、ただ雇い主に従っているだけのコイツだって馬鹿じゃない。

なんとなくは察しているはずだ。


「まぁ仮に何かを打たれていたとしても、かなり微量なはずですから大丈夫でしょう。それにそれは、トレフルではないかと。」


「なぜわかる」


「だってれっきとしたトレフルはまだ完成されていない。だから彼女の血液が必要だったわけで。あんなものが完成していたら、とっくに組織の動きが変わり、世の中大変なことになっているはずですよ。」


「……じゃあ一体何を打たれたんだ!場合によってはお前を拷問する。」


「怖いこと言わないでくださいよ。

……おそらく、一時的な抑制剤でしょうね。目を見てまっすぐ語りかけられたことに、抵抗しないようにするための。あのあと彼女は僕と目を合わせようとしませんでしたから確認してませんけど、僕の勘は当たります。」


「………ふざけるな、こんな内容で僕が納得するとでも」


「まぁ安心してください。アレが持つのはせいぜい3日間前後らしいですから。」



あの時の話が真実だとすると……薬の効用はとっくに切れているはずだし、そもそもここまで強力なのはあの時のものではなく、絶対にトレフル……

やはり打たれていたということか?

だとしたらどうして今更……?


「!!!」


まさか……

今日、この中にいる誰かが萌さんに……!!

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