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第117話

たまに見る夢がある。


「さぁ萌ちゃん、今日のお注射ですよ〜」


そう言って、父親が私の腕に針を差し込む。


「よし。これで萌ちゃんは、変なウイルスに感染しない。ずーっと健康だよ。」


痛みなんか、もうとっくに慣れてしまっているから、針くらい今更何も感じない。

むしろ自分は医者の子供として生まれ育ち、特別な人間だという気さえしていた。


「ほら萌ちゃん、今日はこっちの腕。」


「そのあとは、健康診断をしましょうね。」


母親がほぼ毎日行う健康診断も嫌いじゃなかった。

だけど、なんだろう……

たまにこの2人が…両親が……

とてつもなく怖く感じる時があった。


実際にあったはずのこの記憶を、私は目覚めた瞬間にすっかり忘れてしまう。

だけど、今回はなぜか違った。


「っは……!」


「萌さん!よかった……体はどんな感じですか?大丈夫ですか?」


昇さんがこちらをそんな顔して覗き込んでいるということは……私はもしかして……


「……私は、一体……っう…!」


「起き上がらなくていいです。」


優しく押し戻す昇さんの表情はなんだか複雑そうだ。

記憶が曖昧だからきっと久々に貧血になって倒れたのかもしれない。

実は昔からたまにこうなるのだ。

親にも、低血糖だからどうとか言われていたっけ。


「ごめんなさい……もしかして皆に迷惑かけちゃいました?今何時ですか?皆は…?」


「もう19時ですよ。皆すごく萌さんの心配をしていましたが、気を使って帰られました。」


「そう……ですか…。迷惑かけてすみません。」


もっと皆といたかったのに残念。

なんでよりによってこんな時に貧血起こすかなぁ…


「迷惑なんて誰も思ってないので安心してください。ホームパーティなんてまたいつでもできますよ。」


残念そうにため息を吐いている萌を見ながら、昇は複雑だった。

皆は完全に勘違いしてしまっただろう。

萌が精神錯乱の気があるのだと……

あれは誰がどう見ても完全に我を失って飛び降り自殺しようとしていた。


「……萌さん、何か食べますか?喉は乾いていますよね?」


「いえ……昼間に皆の持ってきてくれたものとかいっぱい食べたり飲んだりしたから全然。ちょっとトイレに行ってきます。」


萌がベッドから出るのを手伝ってその後ろ姿を見つめながら昇は考える。


皆の持ってきた差し入れたち……

たくさんあったけど、そのどれかの中に例のアレが含まれていた……?


「……萌さん、皆の差し入れって全部試しました?」


「えーと、はい。一通りは。……あ、でも村田さんの持ってきてくれたブランド紅茶とコーヒーだけはまだ試してないかな。今日はお酒がたくさんあったので…。あ、あとは華子ちゃんがくれた高級なオリーブも、つまみに出そうと思ってて倒れちゃったんですみません。」


庵と華子はそもそも根拠がなくても絶対的に犯人ではないと言い切れる。


確か希美さんは自社で輸入してるトリュフオイルとトリュフクッキーを持ってきて、皆で食べた。

真一と莉奈は自社開発のトゥンカロンやバームクーヘン、そしてワイン。これも全員食べていたし飲んでいた。

ヤマトは実家が漬物屋だからか、あらゆる漬物を大量に持ってきて、全種類を皿に盛って出したから片付けるのが大変だったな。

航くんは自分が好きなのか、チーズとお酒をいろいろ。

そして凪紗さんもブランドのお菓子やシャンパンを。


ダメだ分からない……

こんだけあったらいつどこで何に混入していたかも分からないし、恐らく萌さんにだけだから、傍で直接渡して促した人間だろう。


「何か……印象に残ってたものや気に入ったものはありますか?もしくは好きじゃなかったものとか…」


「うーん、そうですねぇ……どれも美味しかったし、皆オシャレなもの知ってるなぁって感激しちゃいましたよ。私はそういうの全然疎いので。」


妙な心配をさせないよう、にっこり笑って話を続ける。

やはり手がかりがつかめなそうだ。

自分だけの力じゃどうしようもできないことは、昔から近くの信頼できる人間になるべく頼るようにしてきた。

といっても、庵くらいしかいないのだが。

庵はいつでも冷静で、その場の状況をよく見ている。分析能力にも長けているので、きっと自分が見ていなかった萌さんの様子まで見ていたんじゃないだろうか。


その日、萌さんが風呂に入っている間に、庵に電話をかけた。

すると庵は、「遅いじゃないか」と冷たく言い放った。

やはり僕からの電話を待っていたのだ。ということは、何かにすでに気づいているということ。


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