村田はこのパーティーに参加したことを心底後悔していた。
もっと頑なにでも断っておけばよかった。
なぜなら自分の隣にはいつも凪紗がいて、もう一方には華子がいるのだ。
一見すると和やかで気が合いそうに見える2人だが、心の中では正反対の恐ろしいことを考えているだろう。女とはそういう生き物だ。
「村田さんと私は、幼なじみって感じなんだ〜」
「えっ、そうなのっ?庵さんの子供の頃ってどんなだったか気になるなぁ〜」
「幼なじみってほどでもないだろ……」
村田の呟きに、凪紗が薄ら笑った。
「たしかにそのわりには苗字で呼んでて他人行儀に見えるもんね。」
華子は引きつった笑みを浮かべながら咳払いした。
「……っ。凪紗さんは、いつのまに下の名前で呼ぶほど仲良くなったの〜?村田さんて人見知りなのにビックリだよ。」
「こないだ二人きりでデートしたんだよねぇ〜庵さんっ♪」
「……いや、まぁ、デートっていうか……」
「へぇー、いいなぁ。どこへ行って何をしたの?」
ニコニコと冷静に会話している2人だが、言葉の端々にピリピリとした印象を思わせてきて、こっちからすればただの地獄の空間だ。
どうにか逃れる術を考えながら、別のグループの会話に入ろうと思いついた。
というか、それしかないと。
ざっと見回すと、ヤマトと航というコンビは昇となにやら盛り上がっている。
そういえば昇は、航の情報をもっと知りたいとか言ってたな。
なんか、叔父さんと関係が深いからとかなんとか。
希美と莉奈と真一は、萌と楽しそうに会話をしている。
会話の内容までは、自分の左右がうるさくてあまり耳に入ってこないが、こちらのこのようなピリピリした会話なんて絶対していないだろう。
「んっ、すごく美味しいこれっ」
萌の感嘆の声が耳に入ってきた。
村田は子供の頃から、他人の声がよく耳に入る。
おかげで自分に向けられた陰口なども昔から聞き逃すことがなかった。
「でしょでしょ〜♡うち特製のトゥンカロンでね、自信作なんだァ〜!喜んでもらえて嬉しいし!」
莉奈の甲高い声。
「莉奈お嬢様が何度も試作を重ねて考案したんですもんね!」
真一のいつもの撫でるような声。
ふと視線を移すと、萌にこれもあれもと薦めている。
「でもこれ、ちょぉ〜っと喉が渇くところがアレなんだよね。でもあえてコーヒーに合うようにしたの♡まだ試作途中だけど、実はこれ専用のコーヒー持ってきたんだ♪良かったら飲む?」
そう言って、莉奈がバッグからスティックコーヒーを取りだした。
粉状のそれをカップに入れて湯を注ぐだけのもののようだ。
「真ちゃん、入れてきて差しあげて♡」
「かしこまりました〜!」
それを持ってにこやかにキッチンへと消えていく真一を目で追う村田。
「ね♪庵さん!」
「っ、え?」
バッ!と目の前に現れた、首を傾げた凪紗の笑みに、真一の姿が遮られる。
「だからぁ〜、こないだデートで連れてってくれたレストランの話ですよ〜!」
「あ、あぁ……」
……どこだったっけ?
頭の中にはそんな疑問符が浮かぶ。
女を連れていく店のリストはだいたい頭の中で決まっている。
事前に好きな食べ物やアレルギーなどを聞いてからリストを搾って決める。
だが、総合しても100店舗はあるうえに、普段から翼の紹介してくる無下にできない女たちとも交流があるため正直いちいち覚えていられない。
我ながらかなり最低男だ。
「夜景も綺麗で、お料理も美味しくって!銀座では有名な日本料理屋さんなんだって♪」
「そこなら私も行ったことあるわ。村田さんとじゃないけれど。日本酒も美味しいし、店主も良い人で、落ち着く雰囲気がいいよね。」
あぁ……あそこか。
何とか二人の会話で思い出し、内心ホッとする自分に嫌気が差した。
「そうそうっ!あそこは完全にカップル向きだよね〜♪」
「そうかな?結構独り客も多いし、しっぽり1人で楽しむのがベストな場所って感じだけど。」
「えっ、じゃあ華子ちゃんはたった独りであそこへ行ったの?」
「ちっ……違うけど!」
「じゃあ華子ちゃんも誰かとデートで行ったんだ?」
「そっ…れは……じゃなくて!友達と!」
「ふぅん?どんなお友達?ていうか、日本にお友達いるの?」
「いっ……まぁあんまりいないけど、いるにはいるわよ!そういう凪紗ちゃんこそ、友達はいるの?結構クセが強いけど?」
「あぁ、ウチはねぇ、友達って言っても実は男友達のが多いんだ。けど、男女の友情って成立しないと思ってる主義なの。」
まるで周りの男は全員自分に惚れているというような言い方に、華子はムッとする。
同時に少し羨ましくもなった。
凪紗は明らかに男慣れしているのがわかる。
それでいてその強気で芯を曲げない、積極的な性格。自分に自信がある見た目と振る舞いに少しばかり憧れを抱いてしまう。
自分とは大違いで……
凪紗が村田のことを好きなのは真実だろうが、それもどこまで本気なのかわからない。
もしかしたら、なかなか自分に落ちない男とゲームをしている感覚に近いものがあるかもしれないなどと思えてしまう。
そのくらい、彼女の振る舞いは大胆で余裕があった。
別に嫌われても次の男へ行けばいいしというように。
「……凪紗ちゃんはさ、今までどういう人と付き合ってきたの?」
「えー?なに急に?聞きたいー?んっとねー、まぁ過去を隠すのは好きじゃないから超ぶっちゃけちゃうけどぉ、あんまり良い思い出がないんだよね。」
「えっ」
凪紗は眉を下げて、初めて少し悲しそうに笑った。
それを村田もジッと見つめている。
「ウチ、惚れやすいタイプなのかな。優しくされたりイケメンだったりするとすぐ惚れちゃって。でももちろん中身はすごく見てるつもりだったよ。もちろん彼も最初はウチにゾッコンって感じで。暫くは楽しいの、すごく……。」
でも……と切なげに笑う凪紗の手に持つ菓子が震えたのが分かった。
食べかけの菓子を小皿に戻し、汚れた指を見つめた。
「いつのまにかさ、大好きなのは自分だけだって気付くのよね。
ふとした瞬間でわかっちゃう。仕草や表情、声色や匂いで……。なのにウチったら馬鹿で、気付いているくせに簡単には離れらんないんだ。だからどうにかしてまた好きになってもらおうといろいろするんだけど、男ってホラ、そういうの逆効果みたいで、釣った魚に餌はやらないっていうか?いつのまにか浮気されたり暴力奮ってきたり?とか。」
「えぇっ……そんな……」
強気で勝気な態度に見える凪紗からは想像もつかない話を聞かされて困惑してしまう。
そして思った。やっぱりこの子も誰かに愛されたくて仕方なくて、本当の中身はナイーブなただの一人の女の子なんだと。