「……じゃあ、つまり……?そのコーヒーに薬が仕組まれていたってことか?」
村田の話を聞いて、昇はスマホを持つ手が震えていた。
「いや、確証はないからなんとも言えないさ。俺もお前も、莉奈さんか真一くんがそれを仕込んでるところを見てはないだろう?でも、やるとしたらキッチンで真一くんが……って可能性が1番高いかもと思って言っただけだ。」
じゃないとあんなふうに皆に薦めたりはしないだろうし。
「正直僕は……それしか考えられない。まぁ莉奈さんが事前に仕組んでた可能性もあるかもだけど……」
努めて冷静を装うが、正直怒りと焦燥感と敗北感など頭の中にごちゃごちゃと様々な感情が入り乱れていてどうにかなってしまいそうだと昇は感じていた。
そんな電話の向こうの昇のことが、村田は容易に想像できてため息を吐いた。
とにかく、それが真実だとしたら、まずいことだ。
いや、まずすぎる。
昇が正気を保っていられるのももしかしたらここまでかもしれないから、言動には細心の注意を払うべきだと感じ、軽く深呼吸した。
「……パッと見は未開封に見えたけど、黒宮コーポ系列で作ってる商品ってのが本当なら、どこで混入させても分からないよな。そもそもだいたい、あの商品が本当にあるのかも分からん。」
「……探ってみる。」
「おい、お前がか?今更、昇が黒宮と関わるのはよくないだろ。どうしていつもみたいに俺に頼まない?」
「萌さんのことは、自分でなんとか解決したい。」
「はっ。たかが喧嘩では俺にあれだけすがりついてきたくせに何言ってる。」
「それとこれとは話のスケールが違すぎる。……いや、スケールもシリアスさも僕にとっては一緒だけど、今度のは人類の危機に関わる!」
「それはわかってる。だからこそ、お前が動くのは危険なんだよ、昇。」
「なんでっ」
「今お前は冷静じゃない。昔から、感情が爆発するととんでもないことしでかすだろ。」
「萌さんがどうにかなっちゃうこと以上にとんでもないことなんて、この世にない!」
「……。」
あぁ、もうスイッチが入ってる。
そう思った。
こうなるともう、止めようとすればするほど厄介になる。ならばこちらにできることは1つしかない。
「サポートする。だから一緒に解決しよう、昇。」
「庵……いつもありがとう……僕は結局、お前がいないとダメなんだよ、庵。」
「そんなこと知ってる。それより、萌さんの具合はどうなんだ?」
「落ち着いてるとは思う……さっき入浴して、今はもう多分…寝たかなぁ。」
「へぇー。一緒に風呂に入れるようになったなんて進歩じゃないか。」
「いっ、一緒にとは言ってないだろ!ていうか……まだそこ止まりだし……」
庵は、急にしおらしくトーンを落とす昇に笑いそうになってしまった。
だって、10代の初々しい男女のようなセリフを、30もすぎた男、ましてや結婚して夫婦関係でいながらもそんなことを吐露するなんて誰が考えられるだろう。
「でも……なんだか羨ましいよ。昇がさ。」
「え?何か言ったか?庵…」
「別に。」
俺は、こいつのように、誰かや何かに一途に夢中にはなれない。
そもそも他人に対して、精一杯本気にはなれないんだ。
調べはすぐについた。
そのコーヒーは実際、黒宮の系列会社で手がけている製造会社で作られていた。
だがまだどこにも売り出されていないという。
つまりはまだ試作品ということだ。
それを持っていた莉奈が開発に本当に携わっているのかどうかは分からないが、そのコーヒーを持っていること自体は別に不思議ではない。
問題はそのコーヒーに、予め例の成分が含まれているのかどうかだ。
NOだとしたら、ほぼほぼの確率であのとき真一が何かを仕込んだことになる。
「俺は、コーヒー自体には何も含まれてない可能性の方が高いと思う。そんなことをしてれば、あそこの従業員全員がグルということになる。味見なんて誰もできないはずだし、単純に組織的に危険な船だろう。それを黒宮がするとは到底思えない。あそこの会長はあぁ見えて結構石橋叩きまくるタイプなんだ。」
「そう……かな……」
「……何?」
誰にも聞かれることのないよう、今は会議室で2人きり。
予想外にも昇は、それについて眉を寄せたのだ。
「組織もろとも騙されているというケースだって考えられるし、従業員でも社員でもみんな例のそれを摂取していて丸々行動を管理されているかもしれないだろ?」
「っ……もうすでに、何かの掌の上に堕ちてるってことか?だが普通に考えてそんなこと……」
「全く普通の出来事じゃないから、普通じゃない視点から考えるべきだ。もしくは黒宮側ですら、もう奴らのグルかもしれないし……」
村田は息を飲んだ。
そこまで考えが及ばなかったという訳ではなく、そんなことまで幅を広げてしまったらキリがない上に現実からも解決からも遠ざかる気がしていた。
しかし、昇が分析していることにたった1%でも可能性があるならば、ここで重大なことを見落とすわけにもいかない。
昇が言っていたように、全人類に関わる問題かもしれないのだから。