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第122話


「キミを呼び出した理由は分かるね?真一くん。」


「???なんです?」


「……昇。一旦深呼吸しろ。」


高級めな居酒屋の個室。

真一の目の前には今、昇と村田。


当然、例のアレについての話をするためにこの場を設けたのだが、もちろんまだ真一と決まったわけではない。

遥かにその可能性が高いというだけなのだが、昇は早く話を聞き出したいのか、今日1日ずっと落ち着きなく憤っている。


「ぷはーっ!黒ビールうんっまー!仕事終わりに誰かと飲みに行くなんて久しぶりすぎて最高っすよー!」


真一はこの2人に呼び出されるという珍しすぎる状況をなんの疑問にも思っていないのか、はたまたそういうフリをしているのか。


「ん〜!このカツオの藁焼きめっちゃ美味しっす!お2人は食べないんですか?さっきから難しい顔してますけど?」


昔からよく食べるで有名な真一は、数々の料理や酒をさぞ嬉しそうにみるみる平らげていく。

こんな姿を見るにつき、おそらく前者だろう。


「……本当に分からないみたいだね。」


「はい?だからなんなんですかーもおー!はっきり言ってくださいよぉ〜!昇さんも村田さんも、そんな回りくどい性格でしたっけぇ?あはははは」


そう、彼は取り繕っているわけではなく、素でわかっていない上に、きっと検討もつかないのだ。

この2人にわざわざここに呼び出された理由が。


「っあぁ、もしかして、莉奈さんのことですか?それなら……」


「キミがこないだ、うちに来てしたことだよ。」


「へ?ホムパのときですか?何しましたっけ、俺。」


「そこまでとぼけるなら…というか、思い出せないほど天然くんならハッキリ言うけど。」


昇が真一を睨むが、真一は目を瞬かせながらも、焼き鳥を齧る手だけは止めない。


「萌さんがあのときあぁなってしまった原因は、キミが作ったんじゃないのかって話しさ。」


初めて真一の箸の動きが止まった。

そして思考をようやく回し始めたのか、目を少し大きくして数度瞬きした。


「……あ、そうだ……萌さん!彼女の具合はいかがですか?っていうか、俺が原因ってどういうことです?」


疑うとか怪訝とか、そういう表情ではなく、目を丸くしてそう問いかけてくる真一の様子は、明らかに何かを誤魔化してるなどというものではなさげだ。


「……おい、昇。もしかしたら真一くん、本当に何も知らないんじゃないか?」


「………。」


昇と真一の互いに一切目をそらさない様子を見かねて、村田ははぁとため息を吐いた。


「そっか。本当に知らないって言うのなら、次は莉奈さんと話すしかないな。」


「お嬢様とですか?てことはもしかして、萌さんの件が僕じゃなかったら莉奈お嬢だって言いたいんですか?」


「そういうことだね。」


「それって当然根拠はあるんですよね?」


「ないよ。」


「へ?」


「キミが萌さんに自社で開発中のコーヒーを入れるところを、庵が見てたんだ。」


「コーヒー?あぁ、あれ……か。もしかしてそれに何かを仕込んだのが俺だって言いたいんすか?」


「莉奈さんが多少なりとも僕や萌さんに負の感情があることはわかってるよ。間違ってたら誠心誠意もちろん謝罪する。だから確認させてほしいんだ。今夜は。正直に言ってくれれば、罪には問わないから。」


ここまで言って本当に彼らが無罪だったらかなりの無礼なのは承知の上。

しかし昇はなぜか、妙に確信してしまっていた。


「真一くん、キミが純朴な性格なのは皆知ってる。だから僕らも、キミは嘘はつけないって分かってるんだ。」


「はぁ…ありがとうございます…?」


「てことだからね、キミはきっと、本当に何も知らないんだろう。知らないまま、操られていたんだろうね。」


「えっ?あやつ……誰にっすか!」


「やはり莉奈さんじゃないかな。」


「それは無いと思います。」


キッパリそう言って目付きを鋭くした真一が纏う空気が変わった。

いつもの明るく穏やかで甘い雰囲気とは正反対の別人みたいに。


「だって俺はもう最初っから、莉奈お嬢様を中心に生きている。お嬢の言うことならどんなことでもなんでも従うし、そこにいちいち疑問すら持ちません。

だから、回りくどいこととかしてわざわざ操る?みたいなことしなくても、お嬢なら俺にどんなことでも直接頼んできますから。」


昇も村田も、何も言えなくなった。

そこまでハッキリと大真面目に言われると……

それに、確かに普段の2人からして説得力がある話だ。


「……でも真一くんは……人を殺せと言われたらするの?」


「はい。それがお嬢様の頼みなら。なんだってできますよ、お嬢が求めることなら俺の命に変えてもね。」


少しの迷いも素振りもなく、即答する。

ニコッと笑ったその純朴なはずの笑みに、なぜだかゾクッと悪寒がする。


「はぁ……昇、もうよそう。真一くんは本当に潔白だよ。」


「……悪かったね、真一くん。忘れてくれ。」


「いえいえ!俺にもなにか協力できることがあれば連絡してください。」


昇は確信していただけに、予想外のこの展開が内心納得できなかった。

だってあの場に、萌さんに攻撃してメリットのある個人的恨みのある奴なんかいないじゃないか……

くそ……また振り出しに戻ってしまった。


車内でも頭を抱えて考え込んでいる昇に、村田はあることを提案した。


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