目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第128話


「あっ、明石くんっ♪そのマドレーヌ、莉奈が考案したやつなんだよ?美味しいでしょーぉ♡気に入ったー?」


突然莉奈が隣に座ってきて、言われて始めて自分がマドレーヌを頬張っていることに気がついた。

なにか考え事をしていたりイライラしているときには昔から、無意識に何かを口に入れていたりする。

気がつけばすごい量を平らげていたりすることがあるので度々自分でも驚くのだ。


「あぁ、うん。すっごく美味しよコレ。莉奈さんはお菓子職人を目ざしてるの?」


この子も大企業の一人娘だって言ってたなぁ。


「莉奈はお菓子を見たり作ったりするのが大好きなの。だからそういうお仕事は少しずつパパに手伝わせてもらってるんだぁ〜」


「いいね!実は僕もお菓子が大好きでさ、子供の頃なんかはパティシエになるのが夢だったんだよー!莉奈さんも、パティシエを目指したらどう?」


「本当はなりたいんだけど、莉奈はそこまで頭良くないから…ちょっと自信ないの……」


眉を下げてそう言う莉奈に、萌は目を見開いた。


「え、莉奈ちゃん、そうだったの?いいじゃん、凄く!応援するよ!」


そう言ったのだが、莉奈はうーん…となにやら温度差がある。

一人娘として大事に可愛がられてきた箱入り娘だからかもしれない。外に出ていくことに不安な気持ちが大きいのだろう。


「パティシエだったら、フランスとかに留学したりするんですよね?いいなぁ、憧れるなぁ〜」


「りゅ、留学……莉奈が……?」


「お嬢がどうしても不安なら、僕だってついて行きますよ!どこにでも!」


そう提案してきたのはもちろん真一だ。

国内外問わず、莉奈の世話係から離れる気はないようだ。


「ふふっ、真ちゃんも一緒に留学かぁ。なら、安心かも♡」


「お2人はいつも一緒なんですねー。なんだか雰囲気も似ているし、まるで兄妹みたいですね!」


今日初対面である明石がそう言うと、

「え、違うよ?」と、すかさず莉奈が否定した。


「いやいや、もちろん分かってますって!ただの例えで、」


「真ちゃんは、莉奈のペットだもん。」


「え……」


その場にいる誰もが目を丸くするが、


「ね〜♡真ちゃん♡」


「はい!」


真一も満更でもない様子で頷くものだから、皆何も言えなくなった。

普通はあまりそういう形容はしないのだが…と誰もが思うが、本人たちが当たり前のように笑っているのだから、良い意味で使っているのだろう。


「そーだ、明石くん。今度莉奈と恋バナしましょ♡」


「え?恋バナ?」


「だってずぅっと片思い中なんでしょ?実は莉奈もそうなの。」


「本当にっ?」


「うん、明石くんと同じように、なかなか実らない恋なの。もう何年も何年もずーっと……それでも諦められないの。だからね、明石くんの気持ち、きっと誰よりも分かるわ。」


「莉奈さん……そうだったんだね。」


「明石くんも、諦めなくていい。気持ちを誤魔化すことなんてできないもの。何年かかっても、お互い頑張りましょ♡」


せっかく生きてるんだから、楽しまなくちゃ♡

と莉奈が言って明石の手を取れば、

さすがお嬢様!!と真一が言って手を叩く。


このやり取りは、周囲には聞こえていなかった。



そんな中、昇は航に話しかけていた。

前回のホームパーティでは彼のことを探ろうと思っていたのに、思わぬハプニングが起きてほとんど話せなかったのだ。


「あぁ、はい。加賀見会長とは、たまにゴルフを御一緒させていただいてますよ。」


「へぇ。じゃあ航くんはさぞゴルフが上手なんだろうね。」


「いえ、実はぜんっぜんそんなことないんですよー。加賀見会長に誘われて付き添うようになってっからちょっとずつ上達したって程度で。今でも全然。」


「えっ、そうなの?」


だったら叔父は、彼の何を気に入った……いや、何に目をつけたのだろうか。

あの人は、意味の無い人脈は絶対に築かない。

しかもこんな、一社員になんて尚更。

見た感じ、本当に普通すぎる男の子だ。オタクということで少々変わってはいるが。

絶対に、何かあるはずだ。この子は。


「昇さんは会長と行かれないんですか?ゴルフとか。」


「あっ、うん。実はあの人とは、昔からあまり気が合わなくてね。」


「そーなんですかー。まぁ、身内とはみんないろいろあるもんですよ。僕だって、全然仲良くないですよー?」


眼鏡をかけ直してから、満更でも無い様子で航は続けた。


「いつまでそんなくだらない趣味に没頭してるつもりだーとか、勝手に人のコレクション捨てたりとか、ほんっと酷いんです。だからある日家飛び出して、それっきりです。

そしたら加賀見会長がたまたま僕を拾ってくれて。」


「えっ?」


「会長は、人のどんな趣味でも一切否定しないんですよ。それどころか、そのスキルを最大限使おうと磨かせてくれる。」


航の目は、まるで神を思い描いているかのように煌々としていた。


「特別だって言ってくれたんです、僕のこと。」


" 人と違うこと。それは才能なんだ。人間というのは、どれだけ逸脱した何かがあるかということに価値があるんだよ。だから君は特別なんだ。自信を持ちたまえ。"


航は今でも、その時の言葉を糧にしていた。


「だから、今こうして僕が僕でいられるのは、会長のおかげなんです。

自分自身を押し殺さないで生きれているのは。」


ニコッと笑ってコーヒーを啜る、オタクグッズばかり身につけている航に、昇は目を細めた。


そうか、この子は叔父を崇拝してしまっているんだ。

あの人と深くまで繋がってしまっていた。


だから宮崎航は間違いなく……


危険人物だ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?