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第129話

叔父の加賀見清隆は、使える人材はとことん使う性格だ。

とくに、コントロールしやすい人間を尚更好む。

昔、身内の経営者たちは皆言っていた。

「あの人はトップの器がある。」

「子どもの頃からカリスマ性あったからな。」

「本当は長男の晴道くんではなく、次男の清隆くんのほうが跡継ぎに相応しいのではないか?」


まだ昇が子供だった時から、清隆は評判だった。

大企業や組織のトップに立つのに必要なものは、非情な決断力と先見の明だ。

人間らしい情や戸惑いは何の役にも立たない。


「昇くんも、清隆叔父様の下について学んでいくべきですよ。お父上では不十分です。」


執事や親戚にもよくそんなふうに言われていたから、昇は叔父から吸収できることは極力吸収しようと努力していた。

しかし本心はどうにも嫌悪感があった。

理屈で説明できないのだが、どうにもこの人とは何かがいろいろ合わない…と、本能が訴えかけてくるみたいに。

しかし、仕事にそんな私情を挟んでいられない。

本心を押し殺してなるべく清隆にくっついて歩くようにしていれば、知りたくないことまで知ってしまったり、思い出したくないものまで思い出してしまったりした。


「清隆叔父さん…どういうことです?これ……っ」


「あぁ。何かと思えば、それか。何を今更。」


叔父の書庫で見つけたそれは、自分の身体の実験データだった。

清隆は甥の昇に、幼い頃から何かをしてその記録をつけていたのだ。


「私には子供がいないし、お前のことは翼よりも特別に思ってるんだよ。」


「は、はぁ?」


「お前は私と同じ次男の身だ。次男というのは、何をどう頑張っても長男の1歩後ろで過ごしていなくてはならねーからな。だから私がお前を最強にしてやる。」


「…な…んだよそれっ……そんなの自分にやればいいだろ!」


「子供じゃないとダメなんだよ。10歳以下のな。アレをやめてから約1年経ったが、お前にはまだ効力が出ていないようだなぁ。まぁまだ被検体も少ないから予想はつかないし、気楽に待とうか。もしかしたら全くの無反応かもしれないしな。」


当時中学生に上がったばかり。

震えながら目を見開く青白い顔した昇。

なぜ僕は忘れていた…?いや、記憶障害を起こすことを前提にやられていたんだ!

幼い頃から目覚めると、たまに謎の注射跡があることに気がついていた。

虫刺されって思ってたけどやっぱり違った!

母もいないし父と風呂に入るなんてこともないし、いつも独りな僕は誰にも気づいてもらえなかったんだ!むしろいつも一緒にいるのはこの叔父だったから……。

それに、僕は昔から体が常人より弱いことに気がついていた。

突然具合が悪くなったり、体力がなかったり。

そしてついに、病院で診断されたんだ……!

僕は………


「そっ…そのせいで…っ、そのせいで僕は!僕の寿命がっ…!僕は長くは生きられないっ!」


昇は書類に書かれたその欄を指さして食いかかった。

しかし清隆はやれやれといった様子でフーっと煙草の煙を吐いた。


「いつどこでどう死ぬかなんて、全員わからないのは誰だって同じだ。だからそんなのアテにならねーよ。

そもそもお前、生きてる意味がわからないから長生きしたくないとかなんとか言ってたじゃん。」


絶望したように目を見開いて言葉を失っている昇に、清隆は言った。


「はっ、大丈夫だよ。お前は俺が育てたんだし、将来兄貴を越えれるよ。んで今どき新薬も新医療技術も凄まじい勢いで発展してるんだ。俺はその業界とのコネクションなら積極的に作ってきた。だからなんの躊躇もなくお前で実験してられたんだぜ?

さすがに我が子同然の子供に博打打ちなんてしねーよ。」


……嘘だ。

そう思った。


この人は、自分以外のことは全てモノにしか考えてない。

駒なんだ。自分がただ有利に進んで勝利していくための。

僕も、ただの使い捨ての駒だというわけだ。

死んでも死ななくても、その業界で自分にとって最大限有利になるのだろう。

だから僕は利用されただけだったんだ。

僕が生きてコイツの使い物になろうが、死んで医療の礎になろうが、どちらでもよかったんだ。初めから。


「ひとでなし……」


「あ?おいおい、父親に相手にされないお前を拾って可愛がってやったのはどこの誰だ?」


突然冷酷な視線が突き刺さり、ゾクッと鳥肌が立って動けなくなった。

叔父は昔から、誰をも膝まづかせるようなオーラを醸し出す時がある。


「恩は100倍にして返してもらう。それが昔から私のポリシーだからね。」


確かに、兄の翼に付きっきりで、自分には全くなんの期待もしてくれていない父に対して、いろいろと切なく思うことは多かった。

そんな中、叔父は自分にありとあらゆる教養やセンスや勉強を教えてくれ、鍛え上げてくれた。


" いいか昇?使えない人間を自分の周りに一切置くな。使える人間にすら育てられないと感じたら、その瞬間に切り捨てろ。1秒も時間を無駄にするな。常に自分の周りは自分の利になる人間のみで固めろ。"


" いいか昇?情は捨てろ。それは金儲けにおいて一番の弊害になる。優しさは何の役にも立たない。時にそれは、自分の人生だけでなく、何千人の社員たちまでの人生を狂わすことになる。"


" いいか昇?命には優先順位ってもんがある。まずは自分が何よりも最優先。自分がいないと、この世の全てが狂うくらいに考えて生きろ。"



確かにカリスマ性のある叔父は有名だったし、父より周囲から買われていたが、

行き過ぎた黒い部分が苦手という僕みたいな人間もチラホラ居たことは事実。

だから僕も、単純に人としてあまり好きになれなかっただけ。

だから、そういった、彼が人間味にかける部分をきちんと持っている父とは正反対だと思っていた。

そして、自分と翼も正反対なのだから、叔父は翼を指導した方が楽だったんじゃないかと思う。

けれどやはり跡継ぎというのは長男とほぼ決まっている。

跡継ぎになれなかった叔父は、僕のことを自分に重ね合わせていたのかもしれない。

父は兄の翼、そして叔父は明らかに、父よりも自分に手をかけてくれていた。

本当に……厳しくも我が子同然に育ててくれたかもしれない。

感謝はしている。だけど…!

その恩返しは、僕の命を捧げるほどのものなのか?


「もう叔父さんの元につくのは辞めます。僕は僕の命を守りたいから。だって、自分の命がなによりも最優先なのでしょう?」


最後にそう言い捨てて、僕は彼の元を去った。


それからだ。

叔父が自分に対して、当たりが強くなったのは。

恩を仇で返したとか、恩知らずの無礼者とか、いろいろ思われているんだと思う。

もちろん感謝はしているし、彼から得たものは確かに大きかった。

けれどそれでも、自分の身体を弄られていたことはそれ以上に大きかった。

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