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第130話


「は…、今更私に助けを求めるのか?自分から離れていったくせに随分とまぁ図々しいな。」


「清隆叔父さんなら知ってるんじゃないかと思って。」


清隆は、いつかこんな日が来ることを予想していたかのような、涼しい顔を張りつけている。


「この際、もう犯人が誰なのかなんてなんだっていい……。それは後回しだ。今は、萌さんの…妻の…安全を保障したい。」


昇はそう言ってギリ…と奥歯を噛み締める。


「今、業界で出回っている薬、裏取引されてる物がどんななのかって詳細もそうだし、解毒の方法とかも含め、とにかく何も分からないことだらけなんだ……だから、お願いします叔父さん……知ってることは何でも教えて欲しい。萌さんに使われたって噂も、もしかしたら出回ってるんじゃないんですか?」


清隆の眉が、初めてピクリと動いた。


「なぜ、そう思う?」


「だって、彼女はあまりにも狙われすぎている……なぜかは分からないが、例のソレを生成する上か何かで、彼女の何かが必要なんじゃないですか?だから今回ももしかしたら……スパイが紛れてて、萌さんはどこかで実験…されたのかも……って」


「鋭いな。さすが私が育てた子だ。」


清隆は鼻を鳴らして立ち上がり、金庫を開け始めた。


「だがな、昇。そう思ったんならなぜ早く私の所へ来なかった?」


金庫から何かを取りだし、昇の前の位置に腰掛ける。

バサッーとテーブルに置いたものは、何かの紙の束だった。


「いや、違うか。お前は昔から、コソ泥みたいなマネが得意だったもんなぁ。だから、実は何度かここへ忍び込んでいるんだろう?」


「っ!」


お見通しだった…!?全て……

石田に脅されて萌さんを取り戻すために資料を探し出した時も、その前から時たまここへこっそり来ては情報を探っていること。


昇の鼓動が速くなっていく。


「本当に私にバレてないとでも思ってたのか?

この私が、そんな易々と大事なものたちを部屋のテキトーな場所になんぞ置いていくと思うのかぁ?」


「……。」


「そして、お前なんぞに簡単に見つかるような管理の仕方をして、今の今まで私がそれに気づかないマヌケだと……お前はそう、思っていたわけだ?」


清隆が見開い眼光と僅かに上がる口角は、不気味なほどの冷徹な雰囲気を作っていた。

昇の額には汗が流れ、呼吸はますます乱れていく。


「す…みません…っ…でも、どうしても直ちに対処しなくてはならない場面があり、叔父さんが僕に教えてくれるとは思っていなかったので…」


「はっ、別に謝んなくていーよ。どうせお前がここで持って行ったものなんてブラフなんだから。」


清隆は誰かに電話をかけ始めた。

「悪いが、例のアレを持ってきてくれ」

それだけ言って切ると、しばらくしてガタイの良いスーツ姿の男がやってきて、重そうな金庫のようなものを置いていった。

明らかに日本人ではなく、その風貌からも、明らかに清隆のボディガード的役割の人間だろう。

清隆は昔から、自分にとって最大限使える人材しか傍に置かないのだ。

中途半端な人間を彼は1番毛嫌いする。


手際よくパスワードを打ち込んで指紋認証し、金庫を開けた清隆は、中から数枚の書類を取り出した。


「ほら、持っていけ。」


「……宜しいのですか?」


「構わん。どうせ今更お前に何かできるとは思わないからな。それに、もうほとんど完遂してる。あとはあっちの仕事だ。」


どういう意味だ?と眉を寄せながら数枚のそれらをざっと見て手が震えた。


「叔父さん……やはりあなたの管轄下で萌さんの血液をっ」


「はぁ?何を今更。どうせここに来る前から知っていたことなんだろう?」


王谷が言っていたことは本当だった。

出張中のあの出来事。

だから今このことに驚いてるんじゃない。

ただ、それを最初から隠す気もなかったという事実を突きつけるようなこの堂々とした態度に驚愕しているんだ…!


「あとはあっちの仕事っていうのはもしかして……叔父さんが昔から関わっている組織と医療部が、例のアレを作り始めてるってことですか?」


意味深な視線でフッと笑われたのは、肯定の意味だと理解した。

その瞬間、昇は頭に血が上り、クラクラとめまいがした。

慌てて錠剤を取り出し、震える手でそれを飲み込んだ。


「……くそ……僕は…っ…」


結局この人に手のひらで踊らされているだけだったのか。

石田にブラフの更にブラフを渡すよう仕向けたのも、萌さんのことに気がついてこうしてここへ僕が来ることも、無力な自身に苛まれている僕をこうして見下すことも……初めから全部全部見越して…


「一体、なんのためにっ…」


「そんなことまで1から説明させなきゃならんほど低脳に育てた覚えはないんだがな。」


そうだ、この人は……

僕が物心ついた頃からもう、はじめっからこういう人だった。

全てを自分のコントロール下に置いて掌握し、達観視していたい人。

この世の全ての頂点に自分を置いておきたい人なんだ。

そのためなら自分の甥にまで手を加えて寿命を縮めるような、手段を選ばぬ冷酷非情な人間。

自分以外の人間なんて、本気でどうだっていいんだ。


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