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第50話 本当の弟

「……あなたは、本当にダイチなの?」

 私は目の前にいるダイチにそっと手を伸ばす

 触れられない、そう思っていたが意図も簡単に私の手は彼の生前から体温の低かったその冷たい頬にぴたり、と張り付いた

「そうだよ、ヨルだって言ってただろ、オレは、ダイチだ」

「そのヨルさんだって、私が作り出した新しい人格かもしれないじゃん」

 ダイチが即答するが私はかもしれないで対抗する

 ダイチが私の作り出した第二の人格で、ヨルさんさえ私が作り出した第三の人格である可能性だって決してゼロではない

 その場合私は頭の中でとんでもない茶番を演じていることになってしまうが

 でもこうして対面してみるとよくわかる

「……そう、思うのは勝手だけどさ、言っただろ、こんな記憶見たところでいい気持ちにはならないって、姉ちゃんが自分を責めることぐらいオレには分かってた、そんな必要これっぽっちもないのに、だからオレだけが背負っていればよかったのに」

 こうして目の前で拗ねたように言葉を吐き出す彼が私の正真正銘の弟であることが

「これっぽっちも、ないなんてことないでしょ、私がもっと早くこの事実をヨハネさんに届けてあげられていれば……ううん、今からだって遅くないかもしれない」

 そう、私の身体で出来上がってきていた抗体のサンプルさえもっと早く届いていれば少なくともこんな状態には世界はならなかっただろう

 そもそも今からでも研究材料として国に出頭すればオメガウイルスに関する研究も飛躍的に進むかもしれないではないか

 ソラちゃんとユートピアを目指す、一人になって独りで逃げる、その二つの選択肢のなかに急にポンッと第三の選択肢が現れる

「……だからバカだって言うんだっ、このバカ姉貴……」

「ダイチ……?」

 ダイチは苛立たしげに頬に触れていた私の手を振り払った

「いいか、よく聞けよ、毎回毎回何で新しいシェルターに行く度に受け入れられたと思う? 何処だって何時だってシェルターに入りたい人間で溢れてるのに!」

「……それは」

 ダイチの含みのある言葉に脳が警笛を鳴らす

 私だって別に運が良いから、で全てを片付けられるようなことだと思っていた訳ではない

 聞いてしまえば、もう戻れない

 でも私はダイチを止めることは出来なかった

「この際だから全部教えてやる、オレだよ……オレが、毎回人数調整してやってたんだ……!」

「えっ……」

 人数調整という言葉に微かに震えた頼りない声が漏れる

「バカ姉貴を受け入れても問題ないくらいにシェルターの人間を間引いてた、オレが! ゾンビの仕業に偽称して、だから毎回シェルターには"当然"人を一人ぐらい受け入れる余裕があって"当然"姉貴一人ぐらい受け入れられたわけだ!」

「っ……そん、なこと……何で――」

 そんなことをしたのか、詰め寄ろうとした私より先にダイチは私の襟首を掴みあげて声を荒げる

「そうでもしないとお前は自分のことを守ろうともっ、鑑みようともしないじゃねーか!! ずっとオレとかソラとか何処の誰とも知らない他人のことまで含めて人のことばっかでどうしようもない自尊心ゼロのバカな姉……じゃあ誰がお前を、お前自身を守るんだよ! お袋からも親父からも守れなかったけど……こんな世界で、守れるならば、オレは姉ちゃんを守りたいんだっ……その為なら悪にだってなれる、人だって殺せる、オレは……姉ちゃん以外の人間の命なんて、心底どうだっていいんだよ、姉ちゃんがオレを殺した罪悪感とか、国を救えなかったなんていう感じなくていい絶望と、向き合わずに楽しく生きていってくれるなら何だっていい、オレだけが全て背負えば、いいんだっ……」

 私の、中途半端な自己満足がここまでダイチを傷付けていたなんて知りもしなかった

 親からダイチを庇って、誰かれ構わずお節介を焼いて

 それは全て自己肯定をするための自分のエゴだった

 されてる相手の気持ちなんて、これっぽっちも考えたことがなかった

「ダイチ……それでも……」

 それでも、私はそんなこと望んでいない

 そう言いたかったけど、ダイチの表情を見て私は、それ以上何も言えなかった

 自虐的な笑みを浮かべて泣きそうな顔をしていたからだ 

「それでも私はって言うんだろ? わかるよそれくらい、それでも、今度はオレが守る番、何て言われようと、姉ちゃんがそれを望んでいなくても、オレは一方的な偽善愛を押し付けるよ、それが生きて姉ちゃんを守れなかったオレが出来る唯一の孝行だから、これがオレからの愛(エゴ)だ、受け取ってくれなんて言わない、嫌われたって、構わない」

「……」

 ダイチは一気に言いきると私の襟首からパッと手を離して一歩私から距離を取った

 私が、ダイチを嫌いになるなんて、あり得ないのに

 それを伝えたいのに、私はまた何も言えなかった

 呆然とする私を暫く見ていたダイチは深呼吸するとパッと空気を変えて自分の頭をがしがしと掻いた

「はぁ、言うだけ言うとスッキリするな、同じ身体にいてもなかなかこうして対面して話すような状況にはならないから」

「……そうだっ……! ど、どうしてダイチは、私の中に……私はあなたを……」

 殺したのに

 ダイチが話題を変えてくれたことで嫌でもそれを思い出して今度は私がダイチに詰め寄る

 ダイチは何故今、私のなかでこうして生きているのだ

「……オレが受けていたのは姉ちゃんとは違う実験だった、感染すると脳が死ぬオメガウイルスで脳が成長して共感性や感受性の向上を認められたオレはその細胞をより分裂させてオメガウイルスに組み込むことで脳の発達を促進させる効果を促そうとしていた、おそらくそれが原因で……分裂した細胞が姉ちゃんに噛みついて唾液という形で流し込まれ、オレの人格だけが姉ちゃんの中に残った……ヨルと同じようなもんだと思う、まぁ、細胞に自ら細……組み込んでいたあいつと違って偶々のものだから……押し合いになったらオレのほうが弱くなる」

 ダイチは特に考える様子も見せずに淡々と自分の経緯を説明してくれた

 つまりはダイチが死んだあの時からずっとダイチはこうして一緒にいてくれたのか

「……ダイチ、私はっ――」

 守りたかったのに、結果として殺したことを謝ろうとする私の口元にダイチがそっと手を添えてそれを止めた

「……何も、言わなくていい、死んだのに偶々残って偶々こうしてまた話せた、それだけでいい、心だけになってまで喧嘩したくねーしな」

 ダイチはそれだけ言うと優しい笑顔を浮かべてこちらを見やる

 そして

「っ――ダイっ」

 ダイチは私に優しく抱き付いた

 そして

「オレがゾンビ化したのは恐らくヨルにあの時打たれた注射のせいだ、絶対に、ヨルには気を許すな」

 ダイチは耳元でボソリと、他の誰にも聞かれないような声でそれだけ言うとパッと私から身体を離してそのまま踵を返して闇のほうへと歩いていく

「ダイチっ……!」

 私は慌てて消えてしまいそうな彼に手を伸ばしたがそれは届かず空を切る

 そのまま私の意識は闇のほうではなく光に飲み込まれて目の前が霞んでいく

「オレが隠してた記憶はこれだけだよ、それじゃあまた、いつか……こうして顔を合わせて話せたら、嬉しいな」

 最後に振り返ったダイチは、ただ優しく、笑っていた

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