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第51話 混濁する記憶と出会い

「ダイチっ!!」

「うわっ、びっくりした……」

 私が叫びながら上体を起こすと横に座っていたソラちゃんがびくりと肩を震わせた

「あれ、え、ここは……」

 目に入った景色は廃れた地下街ではなく緑の生い茂った外で、少し私達と距離を取るように離れたところで木にうつかって間の抜けた歌を歌い続ける底無しちゃんだった

「急に倒れるから驚きましたよ、とりあえずあなたを運んで移動して適当な所にキャンプを張りましたが一体どうしたんですか? 疲労ですか?」

「いや、えっと……その、ダイチが……」

 ソラちゃんの問いかけに私は途切れ途切れに答えようとして、果たしてどこまで話していいものなのかと言葉が喉に突っかかる

「ダイチさんが?」

 ダイチ、という名前にソラちゃんが微かに反応を強める

「……私に、隠していた記憶を見せてくれたの、これで全部ではないけどそれなりに自分が置かれた状態っていうのは理解できたと……ってソラちゃん!」

 私はまだ少し整理が追い付いていない頭で何とか話ながらふと、大切なことを思い出してソラちゃんの両肩に思い切り手を掛ける

「な、なんですか……?」

 私の勢いに押されてソラちゃんは少し後ろに身を引く

「孤児院……セントジャンヌ孤児院に暫くは来てたのに何で途中から来なくなっちゃったの? というか、私のこと、覚えてる?」

 私は恐る恐る、言葉を選んで尋ねる

 例えば、何かヨルさんにとってソラちゃんに話してほしくないことを言ってしまったら、私の中にいるダイチに危害が及ぶ可能性だってあるからだ

 もしセントジャンヌ孤児院での私との出来事を意図的に忘れさせられているのであればそれこそ 

「いきなり何の話ですか……そもそも私はセントジャンヌ孤児院に行ったことはありませんし、あなたのことを覚えてるかって本当に何のことですか……」

 やはり

「……私とソラちゃんが初めて出会ったのは?」

 私は敢えて濁して聞き返した

「……ビルの中で、銃声を聞いて駆けつけたあなたがゾンビに襲われているところを助けた時じゃないですか? ゾンビだからって別に記憶力に異常はありませんよ」

 心外というように少し眉根を寄せるソラちゃんをかわいい! なんて考える余裕は今の私にはなかった

「……」

 私は返事も返すことが出来ずただ黙って考え込む

 やはり、あれだけ一緒に話したことがあるというのにただの度忘れという可能性はソラちゃんに限ってあり得ない

 ということは私達の出会いと別れにはそれだけヨルさんにとって隠さなければいけない程のことが詰まっているということだろう

 だがそれを今追及するのは得策ではない

「本当に何なんですか一体……というかダイチさんに教えてもらったことは共有していただけないんですか?」

「……別に、たいしたことは……なくはないんだけど……」

 痺れを切らして肩に置かれた手をソラちゃんは強く握って聞き返してくる

 大したことないかと言われれば絶対にそんな訳はない

 だがどこまで話していいのだろうか

 今もきっとヨルさんはこの話を見ているだろう

 ヨルさんが悪い人、なんて考えたくない

 けどそれでもダイチは気を許すべきではないとわざわざ忠告までしていた

 少なくともソラちゃんに何か不都合なことがあればもし今は味方だったとしてヨルさんは私達の味方ではなくなる可能性が存分にある

 ダイチが私のために他人を簡単に殺せるほどに、どちらも唯一の家族のためなら鬼にだってなれるのだ

 勿論私だってそう

 だから、死んでもなお私の中で生きていることを知った弟を人質にとられている状態では私から出来ることは限られる

「何でそんなに歯切れが悪いんですか?」

「そ、それは……」

 私のはっきりしない物言いにそろそろ呆れてきたのか少し苛立たしげにソラちゃんがまた聞き返してくる

「どこまで言ってもいいものか、考えあぐねているというところだろう、ねぇウミちゃん」

 声がしたほうをソラちゃんも私も一斉に向く

 そこに立っていたのは

「あなたは……」

「アカネさん……」

 隣でソラちゃんは刀に手をかけていたが私が彼女の名前をぽつりと呼ぶとピクリと刀にかけていた手が揺れて視線だけをこちらへと向けた

「何でウミさんが、ヨハネの部下を知ってるんですか」

 声の温度を言葉にするのであればそれは絶対零度

 それ程までにソラちゃんの言葉は冷たかった

 下手を打てば、私が切り殺されるのではないか、なんてあり得ない筈のことを錯覚してしまう程に

「そ、れは……」

 だがだとして私は何て言えばいいのだ

 アカネさんとの出会いを話せばそれは必ずセントジャンヌ孤児院に還元し、それはソラちゃんとの出会いにすら干渉するだろう

 一触即発、そんな空気を破ったのはアカネさんだった

「知っていて当たり前だろう、ヨハネとも私とも孤児院で会っているのだから、むしろそれを知らないと平然と言ってのける君のほうが不思議でならないよ、私からしたらね」

 少しずれた黒ぶちのメガネを左手の中指でグイッと押し戻しながらなんの躊躇いもなくアカネさんはそう言ってのけた

「……一体何のことを、いえそれよりも、何をしに来たんですか? ヨハネの駒が」

 理解できない、というように一度深く息を吐き出すとソラちゃんはその勢いで刀を引き抜いてアカネさんのほうへ向ける

 アカネさんを見つめるソラちゃんの瞳にはしっかりと、憎悪の念がこもっていた

 だがそんな表情を向けられて刀まで突きつけられているというのにアカネさんは特に動揺した様子も恐怖を感じた様子も見せずに考えるように首を傾げただけだった

「うーん、元々ヨハネの駒ではないし、何より今は目的を違えて最早同士とも呼べるまい、ただ私は、君たちを助けに来たのさ」

 そしてただあっけらかんにそう言ってのけた

「……信用なりませんね、あなたには戦闘能力はなかった筈、今ここで殺してしまえば」

「そうそう、戦闘力皆無の私が君の前に、無防備に現れるほどに私は愚かだと思っているのかな?」

 チャキッと音が鳴る程に刀を持つ手に力を込めるソラちゃんに対してアカネさんは意図の読めない表情で淡々と伝えると向けられた刀の先に自身の指を押し付けた

 プツリ、と破れた皮膚から血が流れる

「……っ」

 その言葉と行動を受けてソラちゃんはじりじりと後ろへと後退した

 場に緊張が走る

 確かに、戦えないのであれば何かしらの策をこうじていてもおかしくない

 何よりもその余裕な態度がそれを余計に増長させている

 誰も次の行動に移せず、底無しちゃんですら黙ってこちらの様子を伺っているなかまた緊張を破ったのはアカネさんだった

 ブハッと耐えきれないというように吹き出すと笑いながら口を開いた

「なんて、言ってみたが、実際今ここにいるのは私だけ、仲間みたいなものはいないでもないが、敢えて連れてくることはしていない」

 そしてあっけらかんとそう言って見せた

「……それをわざわざ伝える意図は」

「信用さ、信用をまず獲なけらば君達が私に付いてきてくれる確証がない、だからわざわざ一人でここに来た」

 アカネさんはそれだけ言ってまた中指でメガネを押し上げる

 癖、なのだろうか

「……何故あなたがそこまでするんですか、そもそもこの場所が分かったのは――」

「あの実験に関わった者としての責任だよ、この世界がこうなってしまったことの何割かの責任は私にあると言っていい、君達がこうして色んなしがらみに巻き込まれた責任もね、そして私がここが分かったのは……私にもあるんだよ、カナタと同様に君の居場所を特定する術が、あ、安心してほしい、ヨハネにはそんなこと出来ないからね」

 それでも信用し獲ないというように話すソラちゃんの言葉に被せるようにアカネさんはそう言った

「……とにもかくにも私はあなたに助けてもらうことなどありません、姉を殺したヨハネの駒であるあなたに」

 ソラちゃんは完全には納得していないようではあったが刀を鞘に戻すとテントの片付けを始めた

 どうやらここは安全とはいいきれないという決断なのか移動するようだ

「そうか、残念だ」

 アカネさんもそれ以上強く誘うことはせず、しかしどこかへ行くでもなくそんなソラちゃんを観察していた

「あ、あの、私は……少なからず話を聞く価値はあると思う……」

 そんなどうしようもない空気の中切り出したのは私だった

「ウミさん……」

 私の言葉にテントを片付ける手を止めてまた呆れたような表情をソラちゃんが浮かべる

 だがアカネさんは逆に嬉しそうに笑うとパンッと手を打ってソラちゃんにもう一度語り掛ける

「話が早くて助かるよ、君達は月陽の都を目指しているのだろう? それなら一度私の個人ラボに立ち寄ったほうがいいだろう、必ず君達の役に立つ」

「……私は行くべきではないと思います、罠の可能性も捨てきれない」

 行くべきではない、その言葉は私へと向けられたものであったが返事を返したのはアカネさんだった

「……来れば分かるよ、君が何故孤児院でのこと、ウミちゃんとのことを覚えていないのか、いつも頭に霞がかっている理由もね、私なら教えてあげられる」

「……」

 ソラちゃんはアカネさんの言葉を聞いて暫く考えた様子を見せてから一度私のほうを向くとそれ以上何も言うことなく黙々とテントの片付けを再開した

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