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第52話 ヨハネの覚悟

「底無しは行方が知れず相手側に付いた可能性有り……シズクは力及ばず敗れたと……」

 部下からの報告を聞いたヨハネは苛立たしげに自身のデスクに乗っていた大量の資料をなぎ払い地面へと落とした

「時間が、ない、のにっ……何故何も上手くいかないっ……」

 ヨハネは力任せに何も乗っていなくなったデスクを強く拳で叩く

 硬い金属で出来た机はガンっと大きな音をたてるが傷つくことはなくぶつかったヨハネの手が赤くなる

「現状ゾンビイーターの強化に研究の進んだより強いオメガウイルスの投与をしているというのに……異能はより強力な物へと変貌し、力も上がる、シズクもその一人……底無しまで投入してっ……何故ただの人一人捕まえることが出来ない、そもそも何故こんな異物は完成して本来のオメガウイルスの望んだ形にならないのか……それにまさかヨルの妹がここまで成長するとは、こんなことならあの時、ヨルの話を聞かずに……」

 一人の部屋でブツブツと誰に言うでもなく呟くヨハネはふと、そこで言葉を途切れさせた

 そういえば、いつからかずっと頭の片隅に残っていた事を思い出したのだ

「ウミ……ウミ……そんな名前、聞いたことがあったような」

 ヨハネはぽつり、とそれだけ呟いて椅子から立ち上がると棚の前まで移動して勢いよく資料を引き抜いた

「これ、ではない……これも違う、これも」

 中をパラパラと捲っては棚に戻すこともせずにどんどんと床に放り捨てていく

「これ、いえ、これよりももっと前の……あった、セントジャンヌ孤児院の記録……」

 そうして一つの資料ファイルにたどり着くとヨハネはしっかりと眼を凝らして中身を確認していく

「いた……姉ウミと弟ダイチ、セントジャンヌ孤児院に所属……弟は一旦良いとして、姉ウミの所属時の実験内容は……オメガウイルスに対する対抗力の向上……研究員三人とラボの被験者数人による1ヶ月の滞在プログラム後は……ヨル博士によって要経過観察、年単位での実験結果として、被験者ウミの免疫力向上による対抗力の獲得実験は失敗したもの、とする……その後オメガウイルスのパンデミック発生後に国営のカントー第三シェルターにて保護、しかし弟ダイチのゾンビ化後に所在不明に……」

 ヨハネは一気にウミの欄を読みきるとパタンっと資料を閉じて大きく息を吐き出した

「あの時、既に私の手元には……駒が揃っていたのかっ……」

 ヨハネは資料を片手に持ちもう片方の手を強く握り締めた

 自身の目的の為にただひたすらにオメガウイルスの開発を続けてきた彼女は自身の目的達成の最も近道になろうピースをみずみず自分の失態で失っていた、ということが彼女はどうしようもなく許せなかった

「……思い返せばソラの心を開いたのも彼女だったか、それなら底無し程度味方につけるのは容易いことだろう、そしてもし底無しが自我を保った上で行動を共にしているのであればそれこそオメガウイルスに対する、今まで足りなかったパーツがそこに、ウミの中に存在することの証明となる……」

 ヨハネはそっと資料を机の上に置くと首にかけているロケットをギュッと握り締めて少し口角を上げた

「待っててねヒカリ、例え誰を犠牲にしても、例えアカネまでもがあなたのことを諦めても、私が……お母さんが必ずあなたを生き返らしてあげるから、ゾンビのまま朽ちていくなんてこと、絶対にさせないから……例えそれが、何を犠牲にすることになっても、だってそうでもないと……あまりにも人生というものは不公平過ぎるじゃない」

 ヨハネはぽつぽつと呟きながら強い意思のこもった瞳を閉じた


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