私達は暫くの間誰も何も話すことなく歩いていた
気まずい雰囲気のなか底無しちゃんの口ずさむ音の外れたハミングだけがただ周りに響いていてそれが少しありがたかった
「……ラボがある、とのことでしたがそれらしい施設は一向に見えてきません、どこまで行かせる気ですか? そもそも本当にそんなものあるのか……」
ソラちゃんは訝しげに顎に手をあてて先導するアカネさんに声をかける
まだ完璧には信用していない、ということだろう
空いているもう片方の手はずっと刀の柄に添えられている
「あるさー、ちゃんとね、私は国の研究施設から離れた身、実質君と同じ国家機密を保持した逃亡者だよ、そんな目立った建物にラボを作っているわけがないだろう、ほら見えてきた」
だが前を歩くアカネさんは特に後ろから攻撃される危険性なども考えていないのかはたまた攻撃されないと信じきっているのか振り返ることもなくどんどんと山の中へ進んでいき目の前にぽつんと現れた今にも崩れそうな掘っ立て小屋を指差した
「え、あ、あれですか……?」
私はつい聞き返してしまう
ラボ、というぐらいだから私はもっと立派な建物を想像していた
「そう、あの小屋、さぁ入った入った」
アカネさんは私の言葉を気にすることもなく鍵すらかかっていない小屋のドアを開いた
ギィッという木の軋む音からも相当年期の入った小屋のようだ
「……何もないボロ小屋にしか見えませんが……」
アカネさんを先導に私と底無しちゃんが小屋のなかに入り最後に入ってきたソラちゃんが扉を閉めながらぼやく
「まぁそう急がずまちたまえ、よっと……」
アカネさんは慣れた手付きで床に置かれた木箱の蓋を開けると中に手を突っ込んでガチャガチャといじりだした
すると部屋の角のほうの床が一枚パタンっと音をたてて開いた
「梯子が……」
覗き込むとその先には地下へと続く梯子が続いていた
「この梯子が私のラボに続いているんだよ、昔何かあった時ように偽名で買い取った猟師小屋の地下に作っておいたんだ」
「……用意周到なんですね、まるでそうなることを予期していたように」
ソラちゃんはアカネさんのことが好きではないということはよく分かっていたがそれにしても一言一言に過剰な反応を見せる
まるで機嫌が悪い、というように
「別にそんな大したことではないさ、あんな研究に関わる以上これぐらいの保険は必要さ、そもそも国の施設だけで研究していてもたかが知れてる、ここはそういう国には言いずらい私的な研究をするために用意したというのもあるからまぁ、二つの意味で作ったんだ」
ソラちゃんに追手を放っていたぐらいのことだ
より機密に近いアカネさんがそれくらいのものを用意していても別にそこまで不思議ではない
しかしもう一つの理由としてあげられたそれはかなり不穏なもので
「オメガウイルスなんてものを作る国の研究期間にすら言えない実験って……」
「ははっ、知りたいかい?」
ついそう漏らしてしまった私に対してアカネさんはからからと笑いながら聞き返してきた
「……いえ、結構です」
私は少し考えてから丁重にお断りをする
聞いて得するどころか損さえしそうな話をわざわざこちらから聞きたくはない
「そうか、残念残念、いいからほら降りた降りた、この扉は一定の時間が経つとまた閉まるからね」
少しも残念そうには見えない様子でそれだけ言うと私達に梯子を降りるようにと促した
「ただいま」
梯子を降りるとそれなりに広い地下室と廊下が広がっていた
アカネさんはすたすたと廊下を進んでいき一つの部屋の扉を開いて中に向かって挨拶をした
「あ、おか、えり……って何でそいつら連れてんの……」
部屋に入っていったアカネさんに続いて部屋に入ると中にいたのは予想していなかった人だった
かなりイメチェンを果たしているが間違えるわけもない
その人はトトちゃんだった
「んー、散歩ついでに迎えに行ってきたんだ」
「あっそ」
自分で聞いておきながら心底興味なさそうに返事を返すと今度はこちらへと視線を向けた
「あなた、トトちゃん……?」
私は恐る恐るトトちゃんと思われるその人に声をかける
服装もだが性格も以前とは全く違うようだ
軽くソラちゃんから話は聞いていても直に見るとそれなりに驚くというもので
「そうだけど何か」
トトちゃんははあっとため息を吐きながら肯定の意を示す
「……なんか、イメチェンしたね! ソラちゃんから地下街で会ったって聞いてたけどここにいたんだ、元気そうでよかった」
それでも本人であると聞いてあの後どうなったのか少し心配していた私としては驚きより嬉しさがまさってしまいそう返した
「……相変わらず思考回路がとち狂ってることで……」
トトちゃんは面食らった様子を見せた後に盛大なため息を吐き出してぼそっと呟いた
「何故あなたはここに?」
私よりも先に彼女と再開していたソラちゃんは少し考えてた様子で聞く
「別に、大した理由なんてない、ただ歩いてたら偶々出会って偶々拾われただけ」
それ以上話す気がないのか、はたまたそれ以外に何もないのか、それだけ言うとトトちゃんは部屋の角に移動して視線を私達から外した
「私は一人ではないと言っただろう、彼が私の唯一の同居人だよ」
アカネさんはパソコンモニターの前にあるデスクチェアに深く座りながらトトちゃんのほうを指差す
「へぇ……彼っ!? 彼女じゃなくて!?」
一瞬スムーズ過ぎてつい流しそうになったが私は慌ててすっとんきょうな声で聞き返す
「なんだ知らないのか、この子は個体でいえば雄、しっかりとした男の子だよ」
アカネさんは私の大声に少し驚いた様子を見せながらトトちゃんを指している指をくるくると回した