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第54話 情報共有

「……ヨハネの研究、特にオメガウイルスの検体に使われるのは決まって女だったと記憶していますが、私がゾンビイーターにいた頃もゾンビイーターは皆女でした」

 それは私もソラちゃん自身に聞いたことがあった

 ゾンビイーターは全員が全員少女をメインに構成されていると

「ヨハネ自身がオメガウイルスの完成させた効果を使いたいのが女の子相手だから雌個体をメインに研究を続けていたがそうも言ってられなくなったってことだね、研究に行き詰まったかはたまた選り好みしたりとやかく言っていられなくなったのか……どちらにしろ聞いた話では相当焦っているようだね」

 たまにアカネさんから漏れる雄、や雌、といった大抵人間に使うものではない人称に少しだけ戸惑いを覚える

 ダイチに返してもらった記憶を思い出せば昔からこの人は相手のことを考えていない物言いをしていたが再開を果たした彼女は少し物腰が柔らかくなっているように感じていた

 しかし、やはり根元は昔と変わらないのだろうか

「……何故あなたがそんなことを知っているのですか? 話を聞くにあなたがヨハネと違えたのは最近のことではないように思いますが」

 だがソラちゃんが食いついたのは別の場所だった

 やはりヨハネとの関係への疑いがソラちゃんの中には色濃くあり、言葉の一つ一つが気になるのだろう

「私には協力関係にある者がいるからね、所謂内通者っていうやつさ」

 アカネさんは言いながらそっと片目をつむって小指をたてて見せる

「……そんな人が……まさかっ……」

 そんな人がいるのか、ソラちゃんは地面に視線を落として少しだけ考えたく後にハッと思い出したように顔を上げた

 私にも、一人心当たりのある人がいた

「ご名答、おそらく想像している人で合っているよ、そう、カナタちゃんだ」

 やはりそうか

 ソラちゃんの手助けをしてくれているゾンビイーターのカナタさん

 彼女であれば他の誰かと内通していてもふしぎはない

「あの人は、一体何を考えているんだ……」

 ソラちゃんが眉間にシワを寄せて苛立たしげに吐き出す

 恐らくではあるが自身の逃走幇助までしながら他の誰かにまで危険を承知でそんなことをしているカナタさんをソラちゃんは心配しているのであろう

 ソラちゃんはカナタさんにはかなり心を開いている、というように私には見えたから

 そんなソラちゃんの様子を見てアカネさんは耐えられないというように吹き出してからまた口を開いた

「彼女が考えているのはいつだって同じことだけ、彼女の行動原理は突き詰めればどこまでもヨルのことしか考えてない……だからこそ単純であり、怖いんだ」

 アカネさんはまた言いながら中指でぐっとメガネを押し上げた

「……」

 そうだ

 いつだって言っていた

 ソラちゃんを助けることは全てヨルさんに頼まれたからでありヨルさんの為でありそれは自分の為なのだ、と

 今までであればアカネさんの言葉を聞いてとても心強い、そう思っていたことだろう

 しかしダイチと語らい記憶を取り戻しつつある私からすればヨルさんの為という言葉をまるで狂ったように繰り返す彼女は、少しだけ怖いように感じてしまう

「君は、思うところがあるようだね」

 アカネさんは私の変化に目敏く気づいた様子でこちらを見て口角を上げた

「え、ええまぁ……少しだけ」

 だがソラちゃんがいるここで話せることなど殆どない

 ヨルさんとの会話がなかったとしても果たして私は彼女に、カナタさんを信用しているソラちゃんに、あの人は怪しいかもしれないなんてそんな言葉をぶつけられただろうか

「さて、着いて早々申し訳ないが早速ウミちゃんとそこの彼女……底無し、だったね、君達の血液サンプルの提供をお願いしたい」

 空気を変えるようにアカネさんは咳払いするとそう続けた

「私と、底無しちゃんの……」

 私はアカネさんの言葉を反芻する

「わたしっ?」

 ずっと私とソラちゃんの後ろで歌っていた底無しちゃんも自分の名前を呼ばれて私の横からひょこりと顔を覗かす

 私の血液サンプルの提供を求められる理由は分かるが何故ここで底無しちゃんのことが出るのだろうか

 私達の疑問を感じ取ったのアカネさんは早速説明を始めた

「そうだね、君、ウミちゃんはセントジャンヌ孤児院でオメガウイルスの副作用に関する実験体だった、元々素質もあったわけだから当然だ、そして底無し、君もまた特異な存在、オメガウイルスに対する適合率は極めて低いのにぎりぎりの知能を保っている、ヨハネはその危険性から幽閉を選んだが私は昔から君の存在が気になっていてね」

 なるほど

 確かに以前ソラちゃんからも底無しちゃんの異常性に関しては聞かされていたがそれだけ底無しちゃんもまた異質な存在なのだ

「……ウミさんの話は、聞いたことがありませんが」

 また、ソラちゃんの言葉が刺々しい空気を纏う

 そうだ、私は目覚めてから今までの間に思い出したことを少しもソラちゃんに話して共有することが出来ていない

「あ、あの、私自身ダイチに止められてたこともあって忘れてたの、さっき目を覚ますまで……ソラちゃんにも話そうと思ってたんだけど色々あって話すタイミングが……」

 私はおろおろとソラちゃんのほうを見ながら弁解するがソラちゃんはこちらを向いてはくれはしない

 そもそも話すとしてやはりどこまで話していいのかも分からない

「……ダイチ? ダイチくんもいるのかい?」

 アカネさんは驚いた様子で私に聞き返してくる

 そうか、アカネさんは私のなかにダイチがいることを知らないのか

 それなら

「……いや、そういうわけではないんですが実は――」

「ダイチさんは亡くなっています」

 説明しないといけない、そう思ったのにソラちゃんは私の言葉を遮って私の変わりに極めて端的に答えた

「ふむ、じゃあどういうことになるのかな?」

 アカネさんは意図が読みかねるといったように少し首をすくめる

「……何度も言いますが私はあなたを信用していない、こちらの状況、情報の開示、もちろん血液のサンプルの提出もしません、悪用されてはたまったものではない、ユートピアに行くのであればラボに寄ったほうがいいと言われたから来たまでです、それから……私の現状を知れると言ったからです、それ以外の交流を持つことはしません」

 私が何かを言う前にソラちゃんはピシャリとアカネさんの望んだ全てを拒否する

「なるほどね……まぁ、とりあえずはもう夜だ、今日はここに泊まっていくといい、トト、三人それぞれに部屋をあてがってあげて」

 アカネさんは思っていたよりも簡単に引き下がり端に立っていたトトちゃんに声をかけた

「えー、何で僕が……はぁ、早くついてきて」

 文句を言いながらも断ることはしないようでトトちゃんは先陣を切って部屋を出た

 私は慌ててついていきながら男の娘であればちゃんよりくん付けのほうがいいのだろうかと少し悩む

「あーそうだ、ソラちゃんちょっと耳かして」

「なんですか一体……」

 アカネさんは次に早々に部屋を出ようとしていたソラちゃんを呼び戻してソラちゃんの耳元に唇を寄せた

「――――――」

 それからなにかを言って口を離す

 残念ながらここからでは何を言っているのかは全然聞こえなかった

「……わかりました」

 ソラちゃんは嫌そうな顔をしながらも承諾すると私の横を抜けて部屋を出た

「ソラちゃん……?」

「特に、何でもありません、行きましょうか」

 何とか声をかけた私にソラちゃんは振り向いて少し笑って見せる

 どう考えても、どこをどう見ても

 無理やり笑っているのは明白だった

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