「久しぶりに、一人でご飯を食べて……一人で、眠るのかぁ」
私はトトちゃんに案内された部屋のベットに埋もれていた
アカネさんによって部屋をあてがわれた後にソラちゃんの部屋を訪ねてみたが今日は一人にして欲しいとやんわりと入室を断られてしまった
底無しちゃんの部屋も訪れたが中から鍵がかかっており開かなかった
一応声もかけてみたが反応もなく、こうしてすごすごと自分の部屋に戻ったのだ
久しぶりに食べた皿に盛られた食べ物も、パンデミックが起きる前までは当たり前に寝ていた筈のフカフカの布団も久しぶりで
食べ物は美味しい筈なのに
柔らかい布団は気持ちいい筈なのに
何故か何かが、物足りなく感じてしまう自分の心が不思議だった
「……これから、どうなるのかな」
まだ、ダイチが見せた記憶をソラちゃんにも話せていない
話そうとも思ったが神妙な面持ちで今は一人でいたいと言われてしまえばそれ以上はなにも言えない
「ん……」
私はベットの上でぐっと身体を伸ばす
ダイチが死んでから永い時間を一人で生きてきた私がソラちゃんと出会い二人で生きるようになってから一体どれ程の時間が経ったろうか
思い返してみればそんなに永い時間ではない
完全にそれぞれの痛みをわかり合える程の時間も、なんの迷いもなく背中を預けられる程の時間も、日にちとして計算すれば経っていないと言っていい
それでも私は迷わず背中を預けられるし、彼女の痛みを共有したいとだって思う
それ程までに日数なんて関係ないほどに濃い時間を過ごしてきた
新しく底無しちゃんも連れて目指すユートピア
最初は月陽の都という名前しか知らなかったそれも少しずつ形作っていき今ではもう少しで手が届くかもしれないまでに迫ってきている
それとまた同様に追手の手も迫っているのが現状で
私達を取り巻く関係もまた変わった
初めはソラちゃんが追われていたのに今では私が追われる身
ずっと被害者なのだと思っていたソラちゃんのお姉さん、ヨルさんにかかる影
カナタさんの実際の思惑
ヨハネさんに対する感情
アカネさんの、本心
全てが具茶混ぜになって私の中で泥々と渦巻くこの感情をはたして何にぶつければいいのか
私にはもう分からなくなってきていた
隠すのが当たり前だったのに今ではソラちゃんに全てのことを話せないのが苦痛で仕方ない
本当ならば全て話してしまいたい
思い出したことを含めて全て話して、相談したい
ソラちゃんに一緒に考え悩んで欲しい
そして答えを導いて欲しい
それにソラちゃんはよく感情を見せてくれるようになったのに、今ではそれでは足りなくてもっといろんな感情を見たいとだって思う
一度は全てを失ったのに与えられた私は随分と欲張りになったものだと自分でも呆れてしまって仕方ないと思う
「……あ、そうか」
そこまで考えて分かってしまった
食べ物にも布団にも、心が踊らなかった理由が
私は……独りが寂しかったんだ
ソラちゃんと一緒に寝食を共にして、まぁ食べるのも寝るのも私だけだがそんな日常が当たり前になって、当然のものとなっていた
だって
追っ手とか、しがらみとか、そういうものが何もなければ
あれ程までに焦がれたユートピアにすら一生たどり着かなくて一生一緒に旅を出来たらそれだけで充分に満足な人生となるだろうって思ってしまうくらいに、私はソラちゃんといるといことだけでどうしようもなく楽しいのだ
それでもまぁ、ソラちゃんの為にも、底無しちゃんの為にもユートピア、月陽の都は見つけなければならないのだが
「……相変わらず、単純過ぎて笑えるなぁ」
ダイチが笑っていたからだろうか
余計に心が軽くなったように感じるのは
それと同時に、弟に人を殺させた罪悪感が心を蝕む
いや、弟と言ったって実際に手にかけていたのは私の身体だ
殺していたのは私だと言っても過言ではないのだが
「……たとえば、月陽の都にたどり着いたとして、私は入っても、いい人間なのかなぁ……」
私は誰に言うでもなくただ呟く
ああ、私は、誰を信用したらいいのだろうか
優しい笑みで私を脅したヨルさんの本心を疑うべきなのか
記憶の中では優しくて、ソラちゃんから聞かされる話は邪悪そのもの、双方で食い違いのあるヨハネさんとは敵対を続けるべきなのか
私達に敵意を向けず、手助けをすると言うアカネさんを信じていいのか
ベットの上でどれだけ悶々と考えても私には三人の内一人を選ぶことなんて出来なかった
全員信じたいけど全員信じられない
「……ソラちゃん、どうしてるんだろう」
私はぽそりと呟いてベットの上からゆっくりと降りるとドアノブに手を掛けた
別に一人でいたいというソラちゃんの邪魔をする気はない
ただ、少しでも彼女の息遣いを感じていたくて、部屋の前までだけでも行ければ良かったのだ
もし、こんな風に世界が壊れてしまう前にあなたに出会えていたのなら
いや、出会えていたとしても孤児院なんかでは意味がない
もしそれが孤児院や研究施設なんてところではなくて普通の家族に囲まれた幸せな日常の中出会えていたのなら、私達は
ただ何も考えずに笑いあっていられたのだろうか