その日は朝から慌ただしく沢山の人が行き交っていた
果たしてゾンビである彼女達を人間と許容していいのかは置いておいて
ここはゾンビイーターの本拠地
普段であれば人はそぞろであるが今は一つの部屋に沢山の人間が集まっていた
何故ならこの日、各地で名目上の人助けをしている部隊を除いたゾンビイーター達が一ヵ所に収集命令を受けていたからだ
殆どのゾンビイーター達が集まった頃
既にその場にいたヨハネがゾンビイーター達の前に立って口を開いた
「全ゾンビイーターに通告する、以前から捜索させている少女に関してだがこれからは更に捕獲を優先する、周辺への被害はこの際少しまでなら許容しよう、早急に見つけ出して私の元まで連れてこい」
「はーいしつもーん」
ヨハネの演説が終わると真っ先に手を上げたのはホシノだった
「またホシノか……言ってみろ」
ヨハネは呆れた様子でホシノを促す
「周辺への被害ってどれくらいまでならいいわけ? この間はシェルター一つダメにしても別に怒られなかったけど今度はもっと大々的にやっちゃっていいってことですか? 例えば一つの地区を更地にするくらい、なんちゃって」
ヨハネはあくまで軽い感覚で平然と言ってのける
「ホシノ、残念だがそれはさせられないな」
それに対して異を唱えたのはヨハネではなく近くにいたヤマトだった
「……ヤマト」
ホシノはヤマトを見るとあからさまに嫌そうな顔をする
「あたし達ゾンビイーターは人間を守るっていう役目があるんだ、それなのに地区を更地になんて、どれだけの人的被害が出ると思ってるんだ、シェルターの件で学ばなかったのか」
「うーざー、私正論だーい嫌い、ヨハネ様がいいって言ってるんだからー、おまえは黙ってろよ」
ヤマトの正論にホシノが噛みつく
以前シェルターを一つダメにした壮大な大捕物の時もヤマトはホシノに対して憤っていた
民は守るべきというヤマトと人間などどうなってもいいというホシノはことあるごとにぶつかることが多い
「お前……何か話し方がおかしくないか?」
ヤマトはふと、疑問に思ったことをそのままホシノに問いかける
「……ほっとけよ」
瞬間ホシノは銃を取り出してヤマトの顎に銃口を押し付けていつもより数段低い声で吐き捨てる
「そこまでにしろ、私はこれから手が離せなくなる、その間は今回の件の全権は……50番、ヤマト、お前に一任する、何としてでも目標を捕まえろ」
そこで止めに入ったのはヨハネだった
そうでなくても時間がないのに仲間内での小競り合いなど始まってはそれこそ時間の無駄だ
「……ちょっとヨハネ様? なーんで私じゃないんですかね、ちょっと信じられないんだけど」
だがホシノはくるりとヨハネのほうに向き直って異議を申し立てる
「少しの被害は許容するとは言ったがお前に任せて更地にでもされてみろ、人間を守るためというルールのなか生かされているお前達が大量虐殺を行った、なんてことになれば流石の私でも庇いきれないぞ」
「……」
ホシノはあからさまに不機嫌になりながらもこれ以上は無駄だと悟り黙り込む
「あくまで全権はヤマトにあるが、別に徒党を組めと言っているわけではない、ある程度の犠牲は厭わないというのも事実だ、その制約のなかでお前の好きなように動けばいいだろう」
「……はーい」
ヨハネの言葉に返事をしたもののやはり気に入らないホシノは大きく舌打ちをして身近にあった柱にグリップを叩き付ける
「それではそれぞれ、動くように、早急にだ」
ヨハネはそれだけ言うカツカツとヒールの音を響かせながら部屋を出ていった
「おい、ホシノ、どこに行くんだよ」
「あ゛ー、話しかけんなよ気持ち悪りぃ、全権はお前かもしれないけど、徒党は組まなくて良いみたいなんで好きなようにさせてもらいますねー」
それを見送ることもせずに別の出口から部屋を出ようとするホシノにヤマトが声をかけるがそちらを振り返ることはなくそのままホシノは去っていった
「あっ、おいって! もぅ、何なんだあいつは、まぁいい、とりあえずいろいろと作戦も考えないといけないか、あたしあんまりこういう指揮を取るとか得意じゃないんだけどなぁ」
そんなホシノを見送ってヤマトは頭をがしがしとかきながら残されたゾンビイーター達のほうへと向かった
「ねぇフーカ」
そんなやり取りを特に興味も無さげに視界の端で捕らえていた少女、フーカにまた別の少女、ユウヒが声をかける
「ん、ユウヒじゃんどしたの珍しい」
ユウヒに声をかけられたフーカは立ち上がるとパンパンっとズボンの埃を払う
「ちょっとお願いがあるんだけど……」
「えー、内容によるかなぁ」
フーカは言いながら身体をぐらぐらと傾けて見せる
「以心伝心で探して欲しい人がいる」
そんなフーカを特に気にするでもなくユウヒは自分の頼み事を口にする
「あれ使うのめんどーなんだけどなぁー、誰探したいの?」
「……件の人」
少し声を潜めて上げられた件の人と言えば先程まで話のやり玉に上げられていたウミ以外にはあり得ないだろう
「え゛ユウヒあれ乗り気なの?」
ユウヒは今までソラの排除含めウミの捕獲にも興味を持った様子を見せたことはなかった
フーカ自身もまた面倒なことしてるなぁくらいの感覚ではっきり言って興味はなかった
「別にそういうことじゃないけど思うところが……あって」
「んー、どうしよーかなー、やってもいいけど自分が疲れるだけだしなぁー」
少しつっかえながら否定をするユウヒを見てニヤニヤしながらフーカが楽しそうに身体を揺らす
「それじゃあさ」
言うが早いかユウヒは自身の片目に指を射し込む
「これ、あげるよ、前から欲しいって言ってたよね」
そのままブチブチと神経を引きちぎりながらその綺麗なオレンジ色の瞳を眼孔から抉り取るとフーカのほうに差し出した
「マジ!? やった! いいよ、じゃあ特別にやってあげるー、ここじゃあ目立つから場所変えよ!」
フーカは瞳を受けとると嬉しそうに眺めながら歩き出す
「ありがとう」
ユウヒは表情を返ることなくお礼を言うと眼孔から溢れる神経をごしごしと服の裾で擦りながらフーカの後について部屋を出ていった
「……あれは、止められないかなぁ、まぁ本人達に頑張ってもらう方向で、ね? ヨル」
そんな様子をと遠巻きに見ていたカナタはははっと笑いながら一人ごちて最愛の名前を呼んだ