アカネさんの地下研究室に滞在を初めて早数日が経とうしていた
ここでの生活は孤児院での生活を思い出して少し懐かしくも感じる
まぁこの場所に来る前に追体験をしているのでそれほど昔のことに感じなかったというところもあるが
すっかりキャラ変したトトちゃんの少しぶっきらぼうで生意気な性格は何度も弟と孤児院で過ごしていた時のことを思い出させては心の中に呼び掛けるけどダイチが出てくることはなかった
底無しちゃんは大分調子が良いようで一度も正気を失ったことはなかった
ソラちゃんとは
あの後から一度もちゃんと話せていない
共食いに関しても沢山言いたいことはあったし、私は沢山約束を破っているのに一度約束を破られたからとあそこまで怒鳴り付けてしまったことに罪悪感だって酷かった
実はソラちゃんから話しかけてくれようとしたことが何度かあった
それなのに、私は殆ど無視のような形で無理やり話を遮ってはソラちゃんから離れる、なんて子供のようなことをしてしまう自分が嫌だった
理由は分かっている
痛いほどに明白に
ソラちゃんの、彼女の感情を揺さぶるとき、私よりもヨルさんが関係することがどうしようもなく嫌だったのだ
ヨルさんにソラちゃんの感情を引き出してくれてありがとうとお礼を言われたことがある
それなのに結果として彼女のなかを占めているのは大半が姉であるヨルさんのことだ
勿論唯一の家族というものがどれだけその人にとって大切なものであるかは弟のいた私にだってよく分かる
それが相手が死んでいたらよりそれは顕著に出る
死んだ大切な姉が自分のなかにいるかもしれない、なんて言われればそれこそどんな気持ちだろうか
私には分かる
同じ経験をしているからだ
それでも、それでも私を見て欲しいし私のことで一喜一憂して欲しい
そう、思ってしまうのは、醜い嫉妬に他ならない
本当に、何で私はいつだって自分勝手なんだろうか
私は何度目か分からない涙をボロボロと溢しながら布団の中でゆっくりと膝を抱えた
私が共食いをしているとバレたときのウミさんを思い出すと今でももう通っていない血の気がサアッと引く感覚がする
あそこまで怒っているウミさんを見てやっと私は絶対にやってはいけないことに手を出してしまっていたのだと気付いた
何かあってから気付いても遅いのに
私はいつだって何かあってから気が付くんだ
アカネさんにこのままでは姉さんのことを話せないと言われた時は心底焦った
姉さんがした何かをしれなければその先にあるウミさんのことを知ることが出来ないからだ
勿論自分の、ゾンビ達の身体の中に姉さんがいるかもしれないということには驚いたし私にも姉さんと会話が出来るんじゃないかなんて少し胸を踊らせた
それでも今はそれよりも
ウミさんとの覚えていない記憶を知りたいという気持ちのほうが強かったことに驚きを隠せなかった
ずっと姉さん、姉さん姉さん姉さんだった私が
それよりも優先したいことが出来ていたことにも驚いたしあの人のことを考えると無かった心が簡単にひょこりと姿を表す
それが楽しい自分がいる
だから、謝らないと
そう思うのにウミさんは全然捕まってくれなくて
ただただ時間が進んでいくだけで
どんどんと声をかけにくくなっていってしまう
それでもこんなままは嫌だから
私は明日もすれ違ったら頑張って声をかけるのだ
今までウミさんがどれだけ言っても諦めなかったのだから今度は私が諦めない、番だ
「夜中に失礼するよ」
アカネは部屋の扉を軽くノックするとそっとドアノブをひねった
「だーれっかなー」
中にいた底無しは歌いながらドアのほうへと視線を向けた
「最近の体調はどうかな？」
椅子に腰かける少女にしゃがんで視線を合わせてヨハネは優しく問いかける
「んー、わっかんない！」
底無しはそれに対してただ元気一杯に叫ぶ
声の調整が出来ていない為廊下のほうまで反響する大きさである
「そうか、あのね、これを君にあげよう」
アカネは言いながらポケットから二本の注射器を取り出す
「これはー？」
「ウミちゃんの血液を元に作った底無しちゃん用の抗体だよ、これを使えば一定期間オメガウイルスが緩和されて空腹感が抑えられて正気を保てるかもしれない、とりあえず二本作れたから渡しておくよ、でもね、どんな副作用があるかも分からないから、もしもの時にだけ、使うんだよ」
アカネは説明を終えるとしっかりと底無しの手に二本の注射器を握らせた
「んー、ありがとう！」
底無しは注射器こそ受け取ったもののよく分からない方向に向かってお礼を叫ぶ
「これは……伝わったのかな？」
そんな底無しを見てアカネは苦笑いしながらポンポンと頭を二、三度撫でてお休みとだけ呟いてから底無しを置いて部屋を出た
