朝、目が覚める
夜に流した涙も起きた頃にはすっかり乾いているのが常だった
暫くすればトトちゃんが朝食だと呼びに来るだろう
それを普段であれば待っていた筈だが私は少しの気まぐれでベットから起き上がると簡単に寝癖を整えてから部屋のドアを開いた
「あっ……その、おはよう……ございます」
扉を開くと思ってもみない人物
ソラちゃんが扉のすぐ前に立ち尽くしていた
「……おは、よう」
こちらに視線を向けずにしどろもどろに吐き出される朝の挨拶に私も何とか返事を返す
「……用事がないなら私行くけど」
ソラちゃんが口を開こうとするタイミングでまた私が話を遮る
ああ、また、やってしまった
ここ数日私はずっとこんなことを繰り返している
「あのっ、私……謝らないといけないと思って……」
いつもであればこれで引くソラちゃんが隣をすり抜けようとした私の腕を強く掴んで止めた
「……ソラちゃん」
咄嗟に振り払ってしまいそうになるが何とかこらえて足を止めて、久しぶりにソラちゃんの顔をちゃんと見た
ゾンビだから泣けないけど、ソラちゃんはまるで泣き出しそうな表情を浮かべていて、そんな表情を見るのは、初めてだった
「ご、ごめんなさい、約束を、破ってしまって、私は、あなたを守りたくて、でもそれもきっと独りよがりだった」
「……がう」
彼女が矢継ぎ早に謝罪文を述べるのを聞いて私は
「え……?」
「違うの……」
罪悪感に押し潰されそうになりながら片手で自分の顔を覆った
「ウミ……さん?」
ソラちゃんの表情は見えなかったけど
きっと、戸惑っているだろうということは声色から聞いてとれた
「約束を破られたのは悲しかったし、自分の身体を省みないことも辛かった、でもそれは私も変わらなくて……私だってたくさん約束破ってるのに、自分のことを棚にあげて怒鳴ってしまったことに罪悪感があって、それ以上に……ソラちゃんの気持ちが揺さぶられる時いつだってヨルさんのことが根本にあることが、ただ嫌だった……バカみたいなただの嫉妬で、ソラちゃんを避けてただけだよ」
私は勢いで全て言いきるとそのまま力なくソラちゃんの手を振りほどいた
「……ウミさん……私はっ――」
「あー、お取り込み中悪いんだけど、朝ごはん出来たのと、話があるから二人とも来て欲しいってヨハネが」
ソラちゃんが何かを覚悟したように口を開くのと丁度同時に呆れたようなトトちゃんの声がそれを遮った
「は、はい! い、今行くね!!」
私はトトちゃんのほうを見てとこれ幸いにとでもいうように足早に歩きだした
後ろでソラちゃんの息を飲む音が聞こえたのに、それでも私は、逃げた
「悪いね、ソラちゃんも朝から集まってもらって」
「私は別に……」
部屋に入ると既にアカネさんは来ており机には何枚もの紙面が広げられていた
アカネさんはソラちゃんに謝るがソラちゃんは端的に返事を返すだけだった
「さて、早速で悪いのだけれど朝食の前に話しておこうか、ウミちゃんと底無しちゃんのサンプルの研究が進んでね、そろそろユートピア、月陽の都について話をしてもいい頃合いだと思ったのだが……君たちまだ仲直りしてないね?」
「そ、それは……」
月陽の都、という言葉に一瞬ぴくりと身体が反応するが仲直りしていないという図星をつかれて視線を泳がせる
「……どちらもどちらのことを想った結果拗れてしまっているように端から見れば思うのだけれどねぇ、ウミちゃんが素直になれば、簡単に解決するのではないかい?」
「……」
私は何も言い返せなかった
そんなことは私だって分かっている
私がこの嫉妬心をソラちゃんに半端に伝えたのにトトちゃんを逃げ道にソラちゃんの返事を聞かなかったのは、私よりもヨルさんが大切だと言われるのが怖かったから
自分の中で自己解釈していればバチンっと大きな音を立てて部屋の電気が落ちた
「っ……電気が落ちた……?」
「これは、不味いことになった、悪いがユートピアの話は後だ、トト、すぐに二個目の自家発電に切り替えて」
「今やってる!」
アカネさんの指示を受けて懐中電灯を付けたトトちゃんが慌てる私を押し退けて近くにあった機械をいじりだす
「切り替えが済んだら電気の復旧より真っ先に監視カメラの復旧を」
「やってるって! これで、つくはず……」
二人の何度も練習したような連携ですぐに画面一杯に各所に付けられた監視カメラの映像が映し出される
「い、一体何が……」
監視カメラにかじりつくアカネさんの横から私も監視カメラの映像を覗き込む
だが見たところ何も問題が起きているようには見えない
「コードC、敵襲だよ」
敵襲、という言葉にソラちゃんが反応する
暗闇のなか何故分かったのか
それは、この旅のなかで何度も聞いた、ソラちゃんが刀に手を添える音がしたからだ
「さて、一体どの部隊が……はぁ……」
アカネさんはしげしげと一つの画面
おそらく入り口のそれを見定めると苦々し気にため息を吐いた
「ど、どうしたっていうんですか!」
一体全体どれ程の部隊、人数が攻め込んできたのか
私は慌ててアカネさんの見ていた画面に視線を送る
しかし、そこに映っていたのは
たった一人の少女だった
「敵襲は一人だけ……でも彼女は、これは少し不味いことになったな」
「私にも見せてください、……ユウヒ、ですか」
アカネさんの反応に今度はソラちゃんが身を乗り出して画面を覗くとポツリと、それだけ溢した
「ユウヒってあの……」
ソラちゃんから聞いたことがある
ハイスコアラーの一人であり、他の誰よりも何もかも、分からない少女、という説明だった筈だ
「そんなことより! あいつ何の躊躇いもなくこの部屋に一直線に向かってきてないか!?」
それぞれがそれぞれに反応を示すなかトトちゃんが焦った様子で画面を叩く
確かに、彼女は一切迷うことなく廊下をすたすたと歩いている
「……ユウヒの異能、ですか……?」
「いや、彼女の異能はそういうものでは……」
ソラちゃんとアカネさんが問答していれば部屋のドアが優しく開かれた
「こんにちは……そんなに警戒しないでください、敵意はありません、今のところは、ですが……私は、お話がしたくて来たんです」
入ってきた少女は、臨戦態勢を取るソラちゃんとトトちゃんを横目に見ながらもその澄ました表情を変えることなく淡々とそう、述べた