「さて、出来ることならその警戒体制を解いてくれはしませんか?」
部屋に入ってきた彼女、ユウヒはこちらが皆構えているのを見て感情の読めない声で促す
「すると思いますか?」
ソラちゃんは言いながら刀を少しだけ抜く
「まぁ、そうでしょうね、ですが先ほども言いましたが私は何もする気はないですよ、今のところは、ですが、そもそも殲滅が目的なのであれば私一人で来る筈がない」
それを見てもユウヒは微塵も身構える様子もなく淡々と自分の意思を述べる
「……だとして、それなら君は一体何をしにここへ来たのかな?」
臨戦態勢を解かないソラちゃんとトトちゃんの前に出てユウヒに問いかけたのはアカネさんだった
「アカネ博士、お久しぶりです、パンデミック以来でしょうか? しかしアカネ博士はパンデミックの際に死亡した、と報告が上がっていた筈ですが」
ユウヒはアカネさんにも礼節丁寧な対応を崩さない
「……私はあの研究に見きりをつけた、というだけの話さ」
出会ってから初めて、アカネさんの声色が曇る
瞬間パチパチっと何度か部屋の電気が明滅して明かりが灯る
トトちゃんの持っていた懐中電灯で照らされていたユウヒの姿が明かりの元に曝されるが、少しだけ、雰囲気がソラちゃんに似ているように思えた
「そうですか、迎撃トラップが邪魔でしたので一旦電気をショートさせたことには謝罪します、それでは本日伺った理由ですが、こちらに被検体、ウミを渡していただきたく伺った所存です」
至極丁寧に電気関係のトラブルに対して謝罪をするとユウヒは、さも当たり前のようにポンと言ってのけた
「……そんな話を、受けると思いますか……?」
瞬間ソラちゃんが刀を抜ききり刃先をユウヒのほうへ向ける
「受けない、でしょうね、しかしそれは私情でしょう?」
「だとしたら何ですか」
ユウヒは表情一つ変えずに目の前につき出された刃に指を這わせる
「……彼女が現れたことで起きた被害を貴女はしっかり把握しているのですか?」
「何の話ですか……」
私が現れたことで起きた被害
という単語に頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける
そんなこと、考えたことも……なかった
ソラちゃんも同様だったようで困惑した返事を漏らす
「……アカネ博士は分かってらっしゃるようですが、ウミ、貴女の出現で私達ゾンビイーターの最優先任務は貴女の確保になりました、それは理解していますね?」
「……ええ」
ソラちゃんが微かに首を縦に振る
それは、カナタさんから聞いた話だ
だからこそソラちゃんの追跡もなくなったのだから
「猶予は三ヶ月、です」
「え?」
ユウヒはすっと三本の指を立てる
急に上げられた何のものかも分からない猶予についまの抜けた声をあげてしまう
「貴女を捕らえる為にヨハネ博士がゾンビイーター達に改造……ウイルスの追加投与を行いました、ウイルスの追加投与を行われたゾンビイーターは三ヶ月の内に身体が負荷に耐えられなくなり機能を停止します」
「っ……」
そんな私にユウヒは予想だにしなかった
地獄のような現状を淡々と語る
「それは、本当ですか……」
ソラちゃんの息をのむ声を聞いて私はおそるおそる再確認する
「間違うことなく事実です、元々研究されていたことですから、他のゾンビで機能の停止期間も確認されています、今はまだ立候補者のみに対する処置ですがこれ以上長引けば強制的な追加投与に進むでしょう」
だが返ってきた返答はあまりにも残酷なものだった
「……だからウミさんを渡せと?」
何も言い返せない私の代わりに放つソラちゃんの声は低く、苛立ちを隠しきれていなかった
「それだけではありません、ウミという被献体があればよりオメガウイルスの研究が進み、ゾンビの治療に繋がるかもしれないからです」
だがそれにも負けることなくユウヒもただ淡々と事実を述べるだけ
「それは……」
「だとしても本人の意思を無視して拘束するのはいただけないな」
何か、言わなければいけない
そう思って何とか口を開くもアカネさんが割って入ってくれる
「アカネ博士……」
ユウヒはアカネさんのほうに視線だけ向けて名前を呼ぶ
おそらく今のソラちゃんであればいつ切りかかってきてもおかしくないと警戒は解いていないのだろう
「現在私が彼女のサンプルから特効薬の研究を進めている、それではダメかな、それにヨハネの目的はその他大勢のゾンビの治療ではないことは理解しているね?」
「勿論理解しています、しかし私は、ソラがウミを優先するように、ゾンビイーターの解毒を最優先事項として考えています、解毒は無理でも少なからずこのいかれた改造を止めなければいけない」
「……ユウヒ、あなたは何故そこまで」
ぶれない真の通ったユウヒの言葉に突きつけていたソラちゃんの刀が少しだけ揺れる
「分かりませんか? 簡単なことです」
ユウヒは言いながらそっと自分の胸に手のひらを当てると優しく笑って
「私は、仲間が大切なんです」
そう、続けた
「……っ」
ユウヒの言葉に
ユウヒの表情に
ただただ驚いて、声にならない音を漏らす
だがそんなこと気にする様子もなくユウヒは愛しいものを語るような声で続ける
「フタバは、ずっと自責の念に刈られながらも誰にだって明るくて場の空気を明るくしてくれた、シズクは、気分屋で出世一筋でしたがそれでいて誰にでも優しかった、ロロは、周りを気遣うことが出来る良い子でした」
「……」
三人とも、心当たりがあった
私を捕まえようとして、死んだ三人なのだから当たり前だ
「ねぇソラ、貴女のことだってよく見ていましたが、ゾンビになって、ゾンビイーターになったもの達だって皆、ちゃんと意志があって動いているんです、人間と変わらない、だから私はそんな皆が大好きなんです、そんな皆の為なら、私は、鬼にだってなれる」
瞬間今まで穏やかだったユウヒを取り巻く空気が刺々しいものに変わる
「最終通告です、ウミをこちらへ引き渡す気はありますか?」
「……」
こちらを見据える燃えるような瞳を前にしても、ソラちゃんが刀を下ろすことはなかった
それは徹底抗戦の意思を示すもので、私のせいで死んだ人がいても、私の身体があれば研究が進むのだとしても、彼女、ソラちゃんがそれを望んでいないのに私から迷惑かけたくないのでついていきますなんて言えるわけもなく
前までであれば自分が行けば収まるなら、なんてことを言っていたかもしれないと考えると少しだけ成長したのか、逆に欲張りになっただけなのかそれは分からないけれど、ソラちゃんと一緒にいることを選択できただけで今は良かった
「……そうですか、残念です、ソラも、トトも、私の大切な仲間だったのですが」
ユウヒは本当に悲しそうにポツリと呟くと一瞬視線を床に落としてからまた燃えるような目でこちらを見据えて両手に円盤状の何かを構えた