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第63話 赤燐焦土と白冷夜行

「赤燐焦土」

 ユウヒがその言葉を発した途端に周りの温度が一気に変わる

 一度、これと同じ現象を体験したことがある

 そう、それはソラちゃんが自身の異能である白冷夜行を発動した時と一緒で

 ただ違う点を上げるのであれば温度が下がったのではなく急激に温度が上がったというところだろう

「私の異能は、身体から発火性のある油を分泌する、ソラとは相対的な能力ですが、こちらも長くは持ちませんから、早急に終わらせることにしましょうか」

 ユウヒは言うが早いか手に持っていたそれを思い切り投げる

 真ん中に穴の空いた円状のそれは恐らくチャクラムと呼ばれるものだろう

 それは真っ直ぐに私を狙い、そして

 ギィンッ!!

 ソラちゃんの刀に弾かれてユウヒの元へと戻っていった

「……ウミさんを連れていく、と言った割には随分殺意の高い攻撃をするんですね」

 あからさまに機嫌の悪そうな声でソラちゃんが静かに憤る

「本当は自分の意思でついてきてくれるのであれば怪我をさせる必要もないのですが、無理やり連れていくとなれば多生の怪我も覚悟していただかねければなりません、手足の一本、二本無くても生きていればこちらは問題ありませんので」

 くるくると手元に戻ってきたチャクラムをキャッチするとユウヒは逆に感情ののらない声色で淡々と語る

「……ソラさん、下がっていてください、トトとアカネさんもです」

 そんなユウヒに向けていた視線を一度私のほうへ反らすともう一度前を向いてソラちゃんが刀を構え直す

「わ、わかった……!」

「何だよ急に……」

「いいからトト、君も下がりなさない、彼女の邪魔になる」

 私はソラちゃんの意図を察して後ろに下がる

 納得いかない様子のトトちゃんもアカネさんに促されて渋々後ろへと下がる

 それをしっかりと確認した後に

「白冷夜行、八十パーセント……」

 ソラちゃんが静かに刀を横に振るった

「っ……」

「さ、寒っ……」

 白冷夜行

 ソラちゃんの異能

 身体から冷却性のある液を分泌するそれは周りの空気すら冷え凍えさせる

 実際に目にするのは二度目

 しかし、以前使った時とは違うレベルで周りの空気が急激に冷気を帯びていく

「ユウヒ、あなたの知っての通り私のこれも長くは持ちません、早急に決着をつけましょう」

 ソラちゃんは言うが早いか地面を強く蹴る

 ソラちゃんの通る道はパキパキと音を立てて凍りつくが凍った瞬間ユウヒによって熱された空気でそれが弾ける

 ユウヒは少し考えた様子の後にまた、チャクラムを投げた

 投げられたチャクラムは炎を纏いまるで意思でもあるかのうようにソラちゃんに襲いかかる

 ギインッ! ギンッ!!

 ソラちゃんはそれを全て刃で捌きながら足を止めることはない

「……同じだと、思っているのであれば、それは怠慢、お笑い草です」

 ユウヒはソラちゃんが目の前に迫った瞬間大きく腕を振るった

「っ……!!」

 瞬間後ろに下がっていた私まで焦がさん勢いの熱波が襲う

 肌が、焼けそうに熱い

「ソラちゃん!!」

 熱波の勢いで後ろに吹き飛び体制を崩したソラちゃんに慌てて駆け寄る

「大丈夫です問題ありません、そこから動かないで」

 しかしソラちゃんは体制を立て直すと私を後ろへと押しやりまた刀を構える

 ソラちゃんの刀を持つ腕は一番ユウヒに近かったこともあり酷い火傷を負っていて、私は懐のサバイバルナイフに手をかける

 ソラちゃんに習ったからとそう簡単に動けるようにはならない

 それでも、ソラちゃんだけに痛みを押し付ける訳にはいかない

「どうみても大丈夫ではないだろう、相性も悪いことこの上ない……トト」

 だがサバイバルナイフを抜こうとしたその手はアカネさんによって止められた

 そして代わりにアカネさんはトトちゃんに呼び掛ける

「分かってる、動けるよ」

 アカネさんの言葉に下がっていたトトちゃんが前に出る

「あなたの手を煩わせるほどのことでは……」

 あくまで自分だけで戦うというようにトトちゃんが前に出るのを遮るようにトトちゃんの前に手を出す

「何意地張ってるのかは知らないけど、守りたいなら、あれこれ考えてる暇はない筈だよな、それに僕達だって死にたくないしー」

 だがそんなソラちゃんを呆れた様子で見やったトトちゃんは大きくため息を吐いてからその手を邪魔そうに振り払う

「……申し訳ないですが、よろしくお願いします」

 そんなトトちゃんを見てソラちゃんは刀を構え直す

「……他人と合わせるのは苦手だけど、まぁ二回目だから何とかなるかな」

 そしてトトちゃんもまた臨戦態勢を取った

 確かに相性で言えばソラちゃんとユウヒの異能の相性は悪いだろう

 だが、二人で力を合わせれば

「勝てると、思ってる? あの苦痛すら受けていないあなた達が、笑わせる」

 私が希望を持った瞬間それを謗ったのはユウヒだった

 今までの無表情でもなく

 仲間を想う優しい笑顔でもない

 それは明らかに侮蔑の表情だった

「逆に、何で負けないと思った?」

 トトちゃんは言うが早いか身体中から沢山の手を生やしてユウヒを襲う

「僕の手は、そう簡単には焼き焦げたりしないよ」

「……確かに、その通りですね」

 熱をもものともせずユウヒに襲いかかる無数の手をユウヒは手に持っていたチャクラムで何の気なしに切り刻む

「まぁ、届いたところでたかが腕、どうということはありませんが」

 最後の一本を切り落とすとチャクラムについた汚れを落とすように強く振った

「……ユウヒは、今まで自分の異能を見せることもせずにハイスコアラーになった人物です、体術もゾンビイーターの中で上位に入るでしょう」

「あー、しんど……」

 ソラちゃんの言葉にトトちゃんは気だるそうに天を仰ぐ

「しかし、あなたの腕で動きを止められればその間に私が斬れる、ゾンビであるあなたもきついでしょうが少し我慢を、白冷夜行九十パーセント……!」

 瞬間、ユウヒが放っていた暖気に押されていた冷気がまた、一段と強くなった

 吐く空気は白く

 身体が芯からぶるぶると震え出す

 まるで極寒の夜に薄着で放り出されたような、そんな感覚

「これは、寒いな……凍え死にそうだ、ゾンビじゃなくてもつらいものがあるな」

 それはアカネさんも同じだったようで私の横でぶるりと身震いする

「ソラちゃん……」

 私はポツリとソラちゃんの名前を呼ぶ

 私達がこれだけつらいのであればゾンビである彼女はよりつらいはず

 早く、決着をつけなければ両方どちらも持たないだろう

「私が、冷却した内に……!」

「了解」

 ソラちゃんが走り出したのと同時にトトちゃんが無数の腕を生やす

 冷気に冷やされたユウヒも動きづらいようで今度はチャクラムで捌ききれずにトトちゃんの腕に拘束される

 そこにソラちゃんが思い切り斬り込む

「ああ、本当に……頭が痛い」

 刀の刃が通ってユウヒを両断する

 勝った

 私だけではなく誰もがそう思っただろう

 しかし、ユウヒは倒れることなくチャクラムをソラちゃんに向かって振り下ろした

「っ……」

「ソラちゃんっ……!!」

 ソラちゃんの腕が宙を舞うのを見て私は思わず叫ぶ

「馬鹿早く戻れ!!」

 一瞬怯んだソラちゃんをトトちゃんが慌てて生やしていた腕でこちらまで引き戻す

 それと同時にさっきよりも大きな熱波がシェルターを襲う

 これだけの戦闘にも耐えていた頑丈なシェルターの壁が熱で溶け、床は熱に耐えきれず発火する

 先ほどまで冷えきっていた身体から今度は熱に耐えきれずに吹き出すように汗が流れる

「私は、自らの意思で人体の改造を、より強いウイルスの投与をした、私は……三ヶ月の命という縛りの元に、より強い力を手に入れた、それは身体能力や元々あった力を強化するなんていう今までの物とは格が違います、それでもまだ、勝てるとお思いですか?」

 淡々と語るユウヒの横で火柱が上がる

 身体から発火性の油を分泌する、なんて言葉だけでは言い表せないそれは、まさしく、異能と言うに等しいものだった

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