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第64話 悪食

 至るところが炎に呑まれ

 物の焼け焦げた匂いが充満する

 地面にはトトちゃんとソラちゃんの火が燻る腕が転がる

 これを、地獄絵図と言わずに何と言うのだろうか

「一体、今……何が」

 ソラちゃんの刀は確実にユウヒを切り裂いた筈なのに、何故無傷で動いているのだ

「……これを」

 ソラちゃんは残った腕で掴んでいた刀を私の前につき出す

「これはっ……」

 ソラちゃんのかざすその刀には、刀身が無かった

 無い、というよりは強い熱で鋼の部分が全て溶けて無くなった、と言ったほうが正しいだろう

「私の最高火力を噴出している身体に触れたのです、ただの鉄がそれに勝るわけがない」

 ユウヒは言いながら一歩前に出る

 瞬間ユウヒの周りに大きく火柱が舞う

「姉さんに、貰った刀が……」

 ソラちゃんは飛んだ腕よりも溶けた刀のほうがショックだったようで無くなった刀身を見てボソリと呟く

「ソラちゃん……」

 私はそんなソラちゃんが痛ましくて、でもまたヨルさんの名前が出たことに複雑な感情を覚えてただ名前を呼ぶことしか出来ない

「おいおい情に耽ってる場合じゃないぞ! お前は武器も片腕も失って、相手はあからさまにこちらより能力も残してる力も上なんだぞ一体どうすんだよ!」

 だが感傷に浸っている場合ではないと思い出させるようにトトちゃんが怒鳴る

 その声にソラちゃんはハッとユウヒのほうを向く

 彼女は、こちらの状況を待つことなど勿論無く、空を舞う炎と一緒に一歩一歩こちらとの距離を詰めて来ている

「……うーん、困った、ここまで異能に関する研究が進んでいるとは思わなかった……とりあえず、トト、二人を連れて逃げなさい」

「えっ……」

 アカネさんの突然の申し出に私は小さく声を漏らす

 ソラちゃんの話ではアカネさんに戦闘能力は無い

 ここに残ったら、その先の未来は死に直結するだろう

「何言ってるんだよアカネ……この中で一番戦闘力無いだろ、冗談言ってる場合じゃ――」

「冗談ではないさ、なに、ゾンビの生体に関してはこの場の誰よりも知識があるからね、何とかして、それから追いかけるさ」

 一番に反応したトトちゃんの頭に手をのせてくしゃりと撫でるとアカネさんは優しく笑って手を離すと庇うように一歩前に出た

「……そんなこと出来る筈……っ」

 それでも食い下がらないトトちゃんの声を遮るように聞きなれた間の抜けた歌が聞こえた

「この、歌は……」

 私は慌てて歌の聞こえるほうに顔を向ける

「お腹空いたー、ごっはんー」

「底無し、ちゃん……あ、待って! そっちに行くのはっ……!」

 開け広げられたドアの外から現れた底無しちゃんはそのまま私達の前まで来るとユウヒのほうへふらふらと歩き出す

 私は慌てて止めようとするが近づく前にソラちゃんに強く腕を掴まれた

「あなたもそれ以上前に出ようとするのはやめてください! この熱気です、近づきすぎれば肌が焼けますよ!」

「でもっ! 底無しちゃんが!」

 確かにこれ以上近付けば身の危険を感じるほどに場の空気は熱されている

 震源地に近付けばより強い熱に曝されるということも理解できる

 それでも正気に見えない底無しちゃんをそのまま行かせる訳にはいかない

「ウミさん!!」

 ソラちゃんの手を振り払おうとするがソラちゃんは一緒に持っていた刀を地面に取りこぼしても、自身の異能の副作用で身体の動きが私でも分かるほどに鈍っていてもそれでもなお私の手を離そうとはしなかった

「んー、今はきっと、もしもの時なのかなー」

 底無しちゃんは何か考えた様子の後に懐から何か、注射器かエピペンのような何かを取り出した

「っ、底無しちゃん!! それは使ってはダメだ! 今はまだ、副作用もどうなるか分からない……その時ではっ……」

 それに反応したのはアカネさんだった

 慌てた様子で何か底無しちゃんに叫ぶ

「……」

 それに対して底無しちゃんは一瞬視線をこちらへ向けたもののそのまま迷うことなく注射器を自身の肩に突き刺した

「そこ、なしちゃん……」

 アカネさんはそれを見て伸ばしていた手を力なく降ろす

 誰も、動けなかった

 ユウヒでさえ動きを止めて何が起きようとしているのかを静観している

 瞬間、フフッと少し笑った底無しちゃんが持っていた注射器を地面に投げ捨てる

「はー、頭が、すっきりしてきた……お姉ちゃんが、敵?」

 底無しちゃんは頭を軽く振ってから、普通に話し出した

 それはいつもの正気を失っている時とは違い以前何度かだけ見たことのある私の腕に噛みついた後の知性を取り戻した底無しちゃんに似ていた

 いや、それよりも意識がしっかりとしているように感じる

「……底無しが投入され、敵側についた可能性は聞いていましたが事実でしたか、貴女はずっと幽閉されていました、その事に同情はします、そして私は」

 そんな底無しちゃんを見ても直ユウヒは取り乱すこともなく淡々と告げて、それから

「今の貴女にとっては、敵に値するでしょう」

 ぴしゃりと、言いきった

「そっか、じゃあ……殺しても、食べても、誰にも怒こられない、ねっ!!」

 それを合図に底無しちゃんは地面を蹴り熱波と炎の入り乱れる中に飛び込む

「底無しちゃん!!」

 生身で飛び込めばただでは済まない

 私はソラちゃんに腕を掴まれたまま必死で叫ぶ

 しかし底無しちゃんは怯むこともなくそのまま大きく飛び上がるとユウヒに対して拳を振り下ろす

「……底無しは身体が他のゾンビよりも強靭とは聞いていましたがこれ程とは」

 ガアンッ! と大きな音を立てて底無しちゃんの攻撃をユウヒがチャクラムで受け止めて弾き返す

「熱いし、痛いけど、空腹と比べれば我慢できない程じゃない」

 底無しちゃんは弾かれたそのまま体制を崩すこともなくまた腕を振り上げる

 瞬間腕がまた巨大な食肉植物のような、いや、それよりもさらに禍々しい何かに変貌してユウヒに食らいつく

「っ……」

 ここで初めてユウヒは焦った表情を浮かべて回避行動を取った

「あんまり暴れられると、食べずらい……それに、余計に苦しむことになるよ?」

「ぐっ……!」

 しかし回避した先には既に底無しちゃんのもう片方の手がありそのままユウヒの腹部に思い切り刺さると底無しちゃんが拳を振り切りユウヒが吹き飛び思い切り壁に叩きつけられる

「このっ……」

 壁に叩きつけられたユウヒはすぐに体制を立て直して炎の灯ったチャクラムを底無しちゃんに向けて投てきする

「鬱陶しいなぁ……」

 だがそれも底無しちゃんの腕の一振で無に介される

「……それならこれはっ、どうですか!」

 ユウヒが空になった腕を底無しちゃんに向かって振れば大きな火柱が列をなして底無しちゃんに襲いかかる

「効かないってば」

 だが底無しちゃんはそれに向かって腕を振り上げると大きな口で炎すら飲み込んでしまう

「がはっ!!」

 そしてそのまままたユウヒに重い一撃を入れる

「私の口は、何でも食べる……悪食なのよ?」

 入ったダメージが大きかったのか動きの鈍るユウヒに向かって底無しちゃんの腹部から現れた大きな口が食らいつくように大きく口を開いた

 その時だった

「う゛……あぁ」

 底無しちゃんが急に頭を抱えてうずくまる

「……やはり、まだ副作用が」

 そんな底無しちゃんを見てアカネさんがボソリと溢す

 やはり先ほど打った薬が何か特別なもので、それで一時的に正気に戻ったが副作用が強いものだったのだろう

 だからアカネさんはあんなに必死に止めていたのだ

「今のうちに……逃がしはしないっ!!」

 ユウヒは底無しちゃんの隙を逃すことなく、手を思い切り振り上げて、振り下ろした

 しかしそれは底無しちゃんに向けてではなく

 私達のいるほうに向かってだった

 大きな轟音をたてながら起きた火柱は途中で二股に別れて、私とアカネさんの目の前に迫ってきた

「アカネっ!!」

「ウミさん……!!」

 トトちゃんとソラちゃんの悲鳴のような叫び声を聞きながら、目の前に迫る強い光に反射的に強く瞳を閉じた

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