それから来るであろう衝撃に備えていたが一向に熱さも、肌が焼ける痛みもなく私は恐る恐る眼をあける
「これは……」
私は自分が立っている場所が先ほどまでと違うということに気付く
慌てて先ほど自分がいたほうを見れば焼け焦げた床と壁が目に移った
(こんの馬鹿姉貴っ!! 何反射的に目を閉じてんだよ! 避けろよこの馬鹿!!)
「え、ダイチ……」
いきなり頭のなかで響いた怒声に慌てて名前を呟いてしまう
(たく、オレが避けられたから良かったものの……)
「な、何で……」
今までずっとどれだけ呼び掛けてもダイチは反応を返してはくれなかった
最悪ヨルさんに消されてしまったのではないかと再三心配したくらいだ
(あー、記憶を見せることで少し体力使ったから休んでただけだ、そう簡単に消えたりしねーよ)
「……そっか、よかった」
前までであればダイチの声がする度に心のなかがちりちりと燻ったようになっていたのにこうして和解して、本当にダイチなのだと知った後ではこうして声を聞けただけでどうしようもない程に安心を覚える、なんて言ったらあまりにも単純だろうか
「トト!! 何で、私なんか庇って……」
アカネさんの焦った声に私は慌ててそちらを見やる
そうだ、アカネさんも私同様に狙われていたのだ
見た限りではアカネさんは無事のようだった
そう、アカネさんは
「……別に」
「トトちゃんっ……」
まるで他人事のように別に、という彼の足は片方、炎に飲み込まれて、黒ずみになっていた
ユウヒの放った火柱から何とかアカネさんを押し出しはしたのだろうが自分の片足は間に合わなかったのだろう
「私なんて……君がそこまでして庇う必要のない、人間なのにっ……」
アカネさんは軽く取り乱してトトちゃんの足と顔の間で視線を泳がせる
「うるさいよ」
それでもトトちゃんは気にする様子もなく黒ずみになった足を引きずりながら無理やり立ち上がろうとして、足をもつれさせて地面に倒れ込む
「事実だ! 私を君が庇う必要なんてなかった! 下手したら死んでいたかもしれない、いや、私なんかの為に傷つく必要すらない……私は世界を……こんな風にした人間の一人で……君たちゾンビイーターを生み出した忌むべき存在なんだぞっ……!!」
「だったら何だって言うんだよ!!」
アカネさんの自身を卑下する物言いにトトちゃんは這いつくばってアカネさんの元まで進むと胸ぐらを掴んで怒鳴り返していた
「……トト?」
トトちゃんの激昂にアカネさんが少しだけ、困ったように眉根にシワを寄せる
「僕達ゾンビイーターを生み出したのがアカネだから、この世界をディストピアにしたのがアカネだったからって、僕がアカネを庇わない理由にはならない」
トトちゃんは言いきるとアカネさんの襟首から手を離してまた立ち上がろうとする
「何で、そこまで……」
「僕がロロを、殺して……二人にも勝てなくて、どうしようもなくて、やることもなくて、ただ自分の生まれた場所を目指していた時に僕を見つけて、拾ってくれたのが偶々アカネだった、それだけで僕がアカネを守る意味になる、今の僕の存在意義だ」
「そんなの……偶々見かけて、ゾンビイーターの一人だって分かっていたから、シェルターに迎えただけだ、ただの自分勝手な罪滅ぼしでしかない」
そこまで言われても自分を卑下しようとするアカネさんにトトちゃんは言葉を畳み掛ける
「関係ないね、僕は助けて貰ったと思ってるんだからそれ以下でもそれ以上でもないだろ、だから、アカネは僕に助けられてればいいんだ」
トトちゃんはそれだけ言いきると遂に壁づたいに片足で立ち上がった
(くくっ……)
そんな二人の間に入っていくことも出来ずただことの経緯を見守っていれば頭のなかでダイチの圧し殺したような笑い声が響く
ダイチ、笑ってるの……?
私は不思議になってつい聞き返す
(そりゃ笑うだろ、あいつ昔オレが捻った時とは全然変わってるんだもんな、もうあいつは大丈夫だろ、姉さんはいなくなったかもしんないけど、生きる目的があるなら生きていける)
トトちゃんのこと、心配してくれてたの?
今までのダイチであれば、こんなこと言わなかった
私のなかに住み始めた時からダイチはいつだって私、私で他の誰かに気持ちを動かすことなんてしなかったように思う
(んなわけねーだろ、オレは馬鹿な自分の姉貴がちゃんと生きていけるならそれしか望まない、それ以外必要としてない、ただ……ウミに、何も危害を加えない相手が増えたことが嬉しいだけだ)
……そっか
だから、照れ隠しにそんなことを言うダイチが、嬉しかった
(っていうか、こんな話してる場合じゃねーぞ、ほら、あのチビが与えたダメージから回復してきてるぞあの女)
ダイチの言葉に現実に引き戻されて私は慌てユウヒを確認する
確実に先程よりも空間の熱も下がっている、底無しちゃんの攻撃でダメージを負って異能の力が弱まっているのだろう、それでも、ユウヒはもう立ち上がっていた
その目に灯る炎は決して燻ることはない
「っ……アカネさん! トトちゃん! ソラちゃん! 底無しちゃんも……ユウヒさんがもうっ……動ける人はいますか!?」
私は慌てて全員に確認する
「……ごめん、僕はちょっと戦うことは出来ない、かもしれない」
トトちゃんは立ち上がりはしたものの片足を失った状態では流石に戦闘に参加できるわけがない
「……私も、トトが動けない状態で私一人で退路を確保する自信がない、というよりははっきり言って成功する可能性が低いね」
何とか冷静さを取り戻したアカネさんもまた、先程上げていた提案が破綻したことを口渋く言葉にする
「ソラちゃん……!」
私は名前を呼びながらソラちゃんのほうを見るが一目でソラちゃんも戦えない、ということは簡単に見てとれた
「す、いません、あなたを庇うことすら出来ない程に、身体が言うことを聞かなくて……能力の反動てすね……しかし、私が動かなければ……」
ソラちゃんは普段から白い肌をより青白くさせて今だに赤燐焦土の中にいるにも関わらず白い息を吐いていた
それでも何とか立とうとするソラちゃんの肩をポンッと叩いて今度は私がユウヒと対面する形で皆の前に立つ
「……大丈夫」
「ウミ……さん?」
大丈夫、その言葉は勿論ソラちゃん達に向けて言った言葉だ
だがそれ以上に自分に言い聞かせる為の言葉だった
「まだ、私は動ける」
そう、私は、怪我をしていない
アカネさんよりも、戦う術を残している
「ねぇ、そうだよね、ダイチ」
私は言葉にしてダイチに語りかける
(オレに頼るってことは、眠るのか?)
ううん、起きてる、だってダイチさっき私の意識を奪わないで私の身体を動かしたよね
(あれは……切羽詰まってて)
ならきっと出来る、大丈夫、全てをダイチには背負わせない、ちゃんと私も戦うから……少しだけ手伝って欲しいの
ダイチという人格を偽物だと思って使ってはいけないもの、だった時代は終わったのだ
私達は和解した
和解した上で今、私達が生き残るにはどうしてもダイチの力が必要で、勿論ダイチ一人に背負わせる気もない
わかり会えた今ならきっと共有することも出来ると、何故かそう確信めいたものが私のなかにはあった
(別に姉ちゃんの手伝いするのが嫌で言ってるわけじゃねーよ、ただ、そう上手くは行かないと思うぞ、オレの疲労もまだ残ってるし、出来てオレが姉ちゃんの身体を使う時にしてるリミッターを外す手伝いをすることぐらいだと思う)
わかった、ありがとう、それで充分だよ
瞬間自分の身体が自分の物ではないような感覚に襲われる
でもそれは今までのような嫌なものではなかった
「ダイチ、さんに身体を?」
「うーん、性格には少し違う、かも? 意識は私だけど身体能力だけ借りる、みたいな」
自分でも何と説明したものかと考えたが実際こうなのでこう伝えることしか出来ない
「そんなこと、出来たんですか?」
「さっき似たようなこと出来たからノリで!」
「なん、っですかそれ……」
ソラちゃんはそんな私に心底呆れたような声をあげる
「し、仕方ないじゃない! 私しか、動けないんだからぁ!」
私は苦言を呈したいのだが既に立ち上がっているユウヒから目を離すわけにはいかずどんな表情をしているかまでは確認出来なかった
「それなら、わたしも一緒に戦うー」
「底無しちゃん! もう、大丈夫なの?」
さっきまで苦しんでいた底無しちゃんが気付くと私の横に立っていた
私は慌てて底無しちゃんに確認する
あれほど苦しんでいた後に動いて大丈夫なのだろうか
「少し頭はボーッとしてきたけど、まだだいじょーぶ」
底無しちゃんは少しだけ、いつもの調子に戻りそうになりながらも何とか正気を保っているようで、頭を何回か軽く振りながらまた腕を口に変形させた
「お話は、終わりました、か?」
ユウヒは、決して待っていてくれた、ということではないだろう
自身も動き出すまでにそれだけの時間を要したようで何とか持ち直した様子でこちらに鋭い視線を投げる
「終わった、けど……ここで引いてくれる気は」
「無いに決まっているでしょう」
もしもの可能性を振ってみたけれど勿論そんなもの聞く筈もなく
「だよね」
それを合図に私は懐からサバイバルナイフを取り出して構えた