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第70話 大切だった仲間だから

「よし、それじゃあ行くぞ」

 底無しとトトを小脇に抱えたダイチさんが先頭を切る形で非常通路に足を踏み込む

「ああ、ソラちゃん、ちょっと道が悪くなる、出来る限り私にしがみついていてくれ」

「はい」

 私は言われるままに私をおぶるアカネさんの肩に回した手に力を込める

「ねぇ、最後に少しだけ、時間をくれませんか?」

 いざ、私達も非常通路に入ろうとすると後ろからユウヒに呼び止められる

「……悪いけど時間稼ぎに付き合ってる暇は」

 一足先に非常通路に入っていたダイチさんがこちらに顔だけ覗かせてそれを断ろうとする

「時間稼ぎなんかじゃありませんよ、ただ、最後にウミに話しておきたいことがあるだけです、時間は取らせませんし、ここで少し時間をくっても逃げる時間は全然残されているでしょう?」

 しかしユウヒは折れることなくそれだけ言うと少し笑って見せる

 それを見て私は

「……内容にもよります、くだらないことでしたらすぐにでも脱出します、」

 つい、そう答えていた

「ソラ……ウミのやつが移ったかな…」

 ダイチさんの言葉に関しては言い返せない

「……であれば、ダイチくん、二人を連れて先に出ていてはくれまいか? それならリスクも半減されるだろう」

 アカネさんはそんな私の気持ちをくんでくれたのか先に三人で出るようにと促す

「……そうだな、オレが使ってるとはいえリミッター解除はもうあまりもたない、そうする、だけど、いいか、絶対にお前達もちゃんと出てこいよ」

「ああ、ありがとう」

「ダイチさん、ありがとうございます」

「……別に、お前らのことを頼まれたからしてるだけだ、いつ崩れるかも分からないんだ、あまり長く話し込むなよ」

 私達にお礼を言われて少したじたじとした様子を見せるとすぐに通路の中へと消えていった

 ウミさん云々言っていたわりにはダイチさんも初見の時より大分纏っている雰囲気や言動が変わったと私は思う

「さて、それで、話とは何ですか?」

 気持ちを切り替えて私はユウヒのほうを見る

「まずは、ウミの、重要性です」

「……」

 やはりどう足掻いてもその話なのか、と考えているのがそんなに分かりやすかったのか少しだけ吹き出してからユウヒは楽しそうに続けた

「そんな顔しないでください、だから差し出せとかもう言える状態でもないですから、ただ知っておいて欲しい、彼女の存在は世界を変えるほどに大きい、少し昔、一人の少女の為に起こされたパンデミック、それは世界を変えました、彼女……ウミにもその可能性がある、大いに秘められている、果たしてそれがいいほうに転がるか悪いほうに転がるかなんて私には分かりませんが、ヨハネ博士の元で研究を進めるかアカネ博士の元で研究を進めるか、それは大きな分岐点になります」

「分岐点……」

 世界の分岐点に自分が深く関わっているという事実に改めて喉が鳴る

 元はと言えば私一人のただの逃亡劇だったのに随分と話が壮大になってきたと常々思う

「えーっと、それから、ホシノのことを勘違いしないであげてくださいね、私達……私と貴女とホシノは似ている」

「私達が……?」

 ユウヒは本当に伝えたい部分だけ端的に伝えるようで今度はホシノの名前を出した

「ええ、皆が皆、大切な相手がいたからこそ、進む道が決まった人達です、ホシノは大切な人を失い世界を恨みました、私は……大切な人を守りたくて闇に落ちた、貴女は……大切な人を一度失って、また大切な人が出来たことで光を取り戻した、どれか一つでもずれていれば私は貴女であり、ホシノは私だった可能性だってあるんです」

 誰かを心の奥から想った結果が皆の今なんです、なんて言ってユウヒは話を終えた

「……確かに、そうだったかもしれない、そんなこと絶対にないとは言いきれません、それでもホシノがしたことは少なからず許されることではないとは、どうしても思ってしまいます、私がこちら側だから、なのでしょうが……」

 ホシノが私にしたことはこの際だからいいとしよう

 でも、ホシノがウミさんにしたことを、無辜の民にしたことを赦す気はない

 例え私達が似た者同士だったとしてもそれは絶対に、今後変わることのない一つの事実に他ならない

「……ははっ、そうやって思慮してくれるだけで充分です、最後に、これは忠告です、ヨルと、カナタのことは決して信用しないほうがいい、とだけ」

「姉さんとカナタを信用しない……」

 また、姉さんの名前が出た

 この間も出たばかりのそれに、さらにはカナタまで増えてしまえばそれこそ何を信用したらいいのか、分からなくなってしまいそうだ

「身内眼に見てどう映っているかは分かりませんが私からしたらかなりきな臭いです」

 しかし、今一番疑問に思ったのはユウヒの話してくれた三つの話のどれでもなかった

「……何で、最後の最後でそんなことを教えてくれるんですか?」

 そう、私達は今の今まで敵対しておりそれこそ殺しあいをしていた

 そして恐らくユウヒはこのまま死ぬことになるだろう

 そんな相手になんでこんな、助言とも取れるようなことをするのかが私には理解出来なかった

「そんなの、簡単な話です、私にとってウミは確保するべき相手でしかありませんが、底無しも、トトも、ソラだって、私の大切な仲間でしたから、これぐらいの手向けをしたくなっただけです」

「ユウヒ……」

 ユウヒの言葉に刺々しい部分なんて一つもなくて、それを心の底から発しているのだと簡単にわかった

 私は彼女のことをゾンビに近しいゾンビイーターなのだと、無感情な人間なのだとずっと思っていた

 でも今日一日でそれが間違いだったのだと散々気付かされた

 彼女は

 仲間思いの、ただ物静かなだけの誰よりも優しい人だったのだ

「長々と引き留めてすみませんでした、ほら、行ってください、最後に、どうか……皆に、幸せがあらんことを、願って……」

 ユウヒはそれだけ言うとそのまま力なく、地面に倒れ込んで、そのまま動くことはもうなかった

「……ユウヒ、あなたの気持ちは、私が背負います、だからどうか、安らかに」

 私は誰に言うでもなくそう呟くと冷えて動かしにくい手で小さく十字を切った

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