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第110話 盤上の駒

 刀の内部に冷却液を貯蔵している

 その事実をヤマトさんは知らない

 ただ刀に何か特殊な仕掛けがある、私のミスと野生の感でそれに感づいただけ

 そしてそれに感づいてしまったからこそソラちゃんの刀の一撃を彼女は余計に警戒しないといけなくなった

 何せその一撃を受けると自分がどうなるのかまではヤマトさんには分からないからだ

 それが確実にヤマトさんの動きを、鈍らせていた

「……あたしは火力で押しきってはいお仕舞いっていうシンプルなのが好きなんだよ、こんな気を張りつめる戦いは好きじゃない」

 それでもヤマトさんは何とかソラちゃんの攻撃を掻い潜りながら隙を伺うがどうしても刀に気を取られてすぐに二人の間には距離が出来る

 何度かそんなやり取りをした後にヤマトさんは疲れたようにそう吐き出す

「奇遇ですね、意外と私もこういう心理戦みたいなのは得意じゃないんです、結果としては火力の高かったほうが勝つ、実に単純明快で素晴らしいじゃないですか、しかし……これは私達の戦いであり私達の戦いではありません」

 そんなヤマトさんの言葉を肯定しながらソラちゃんはゆっくりと刀を降ろす

「……何が言いたいんだ?」

 ソラちゃんの含みのあるその言葉にヤマトさんは怪訝そうに聞き返す

「私達はただの盤上の駒でしかない、と言いたいんですよ、この戦いを始めたのは三人の大人です、ヨハネと、アカネさんと……ヨル、私の姉、それぞれがそれぞれに考えなければいけないこと、想いたい相手、気持ちがあったからこそ今のこの世界があります、私達がいます、今、これはヨハネとアカネさんの戦いです、私達はそれぞれがそれぞれの指示に従って盤上を進むしかない、互いのブレイン、女王の首を取るために……分かりますか?」

 ソラちゃんはヤマトさんの問いかけにつらつらと答えていき、最後に自分の首に親指を当てて横に引いた

 それは、さしずめ首を落とすように

「……ああ、嫌でも分かるさ、あたしは今この盤面においてヨハネ博士側の一番強い駒だからな」

 そんなジェスチャーを見てヤマトさんはまるで自分に言い聞かせるようにそう、言って……それからまた拳を構える

 そう、彼女は言っていたじゃないか

 ただ景色の良い窓の外を眺めながら愛犬と一緒に暮らしたいだけだと

 そしてそれが叶わないだろう、ということも

 もう誰も自分の意思でこの盤面を降りることは出来ない、それは勿論私もだ

 降りれるのは決着がついたその時だけ

「その通り、そして二人はこの国の歴史に名を連ねる程の聡明な博士です、そんな二人が動かしている駒が火力でぶつかり合ってはいお仕舞い、なんてなる筈がないでしょう?」

 ヤマトさんが構えるのを合図にソラちゃんもまた刀を構え直す

「全くもってその通り! だが一つだけ違うか……こっちの女王は既に盤面を殆ど放棄している、っていう一番大事なところがな……!」

「っ……」

 そして、ヤマトさんがソラちゃんのほうに向かって飛び出した、そう思った瞬間にくるりとこちらに身体を向ける

 そしてもう少しでトリガーを引けるところだった私の手の中にあった銃を正確なコントロールで投げた球体が弾き飛ばす

「たらたらたらたら話すのもまたアカネ博士の入れ知恵と見ていいだろうな、そこからの奇襲なんて流石にあたしでも見破れる、こっちの女王が動かない以上は一番強い盤上の駒がっ! 自分で考えて本気でやるしかないんだよ!! っ……は?」

 そしてそのままソラちゃんのほうに向きなおした瞬間には少し、遅かった

「……そうですね、全てアカネさんの入れ知恵で正解です、ただここまで含めてですがね、ヨハネが盤面を放棄していること、ヤマトならそう動くだろう、そこまでが全てあの人の手のひらの上だった、なんて……仲間であるはずの私でさえ恐怖を覚えます」

 その時にはソラちゃんの刀がヤマトさんの右手首から上を切り離したところだった

 そう、ヤマトさんの反応は早かった

 あれであればソラちゃんの刀は間に合わなかっただろう

 普通であれば

 ソラちゃんの刀に施された特殊な技能はあわせて四つ

 一つ目は義手を通してソラちゃんの異能で分泌される冷却液を刀に吸収させること

 二つ目はその液体を使って以前ソラちゃんが刀の刀身を這わせて飛距離を伸ばしていたようにその応用で刀身を伸ばすこと

 ヤマトさんの手首はそれによって今届かないはずの刃で切り落とされたのだ 

「っ……掌一つ切り落としたぐらいで買った気になるのは早いだろ! あたし達は、ゾ、ンビ……こ、れは……くそ!」

 それから、ヤマトさんは感覚なのかすぐに気付いたようでベルトから短刀を引き抜くとそれで自身の右手を根元から切り飛ばした

 三つ目のそれは切り口から冷却液が侵食することで切られた部分から徐々に凍結する

 そして、最後の四つ目

「流石に判断が早いですね、そのままいればあなたはもう、何も考える必要もなかったのに、まぁ……次で詰みです、白冷夜行、解」

 ソラちゃんは言葉を合図に刀を構え直して思い切り振り切る

 その刀の刀身からは以前のように沢山の飛沫が飛びだし、それがあたったところは地面だろうとなんだろうと端から氷結していく

 そう、それは刀に貯めた冷却液はソラちゃんの手元の操作一つで刀身の穴を開閉してこうしていつでもばらまくことが可能、というものだ 

「ここに、来て……その出力は無しだろ!! 一意専心!!」

 だが相手もまたハイスコアラー

 多く振り上げた左手で思い切り地面を殴り付ける

 ドゴオンッ! という大きな爆音のなか、土煙が晴れたそこにヤマトさんは普通に立っていた

「……打撃の力で地形を変形させて……」

 ここまで全てがアカネさんの想定どおりだっただけに流石のソラちゃんも声に驚きの色を孕んでいる

 私に至っては銃を撃つブラフ以外はもはや二人のやり取りを見ているだけだったがそれは人知を越えたもののようだった

「はぁ、一応こっちだって考えて動いてんのになぁ、だけど、これは予想してたか? あたしはあたしで時間稼ぎも兼ねて遠巻きに警戒してる"ふり"してたって」

 ヤマトさんは言いながらニヤリと笑って見せる

「……私の活動限界を待って、ということですか?」

「うわぁ、バレてるってことは……それも対策済みですか」

 だがソラちゃんの言葉に撃沈してそのまま残った左腕で頭をがしがしとかく

 義手を通すことでソラちゃんから出る分泌液を刀に収納する、つまりはソラちゃんの身体には止めていないということになる

 だからこそ得られる利点、それが能力を使った後に現れる副作用の軽減なのだと、これもまた事前にソラちゃんから聞いた話だった

 だからこそ、活動限界を狙うヤマトさんの行動はまた、無駄だったことになる

「そうですね、それも対策済みです……アカネさんの手によって」

 そして、ソラちゃんはそれだけ言ってまた刀を構えた

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